「明日早朝からでしたか? ゴルフ。あ、俺も一応ゴルフセット揃えておきます。いざって時のために」
良太としてはやはり、工藤にもし接待ゴルフとか言われた時にきっちり対応したいし、何より工藤と一緒にゴルフができるいかも知れない。
「天野さんも急にゴルフに燃え始めて、一緒にゴルフセット買いに行こうってことになって」
「ああ? なんで天野と?」
工藤の機嫌が一気に下降する。
「天野さんも初めてみたいで」
しばしの沈黙の後、工藤は言った。
「お前のゴルフセットはもう発注してある。明日か明後日には届く」
「え?」
「そんなものは経費で落とせばいい。仕事に集中しろ」
そう言ったかと思うと電話はすぐに切れていた。
「何だよ、もう」
良太が渋面のままスタジオに戻ってくると、「あら、また高広に何か言われたの? 顔がむくれてるわよ」とひとみにからかわれた。
「いえ、ゴルフセットなんか経費で落とすとかって、もう明日には届くとかって」
つい文句が口をついて出る。
経費とか言ってるけど、スキーなんかも工藤、ポケットマネーだったぞ。
良太を不穏な面持ちにさせた当人は、その頃藤田に呼ばれてディナーの席に向かった。
藤田が何やら話しているが、工藤はやはり天野が良太に近づいているらしいことにイラついていた。
あのやろう!
だからつい、ゴルフセットはオーダーしてあるなどと出まかせを口にしたために、良太の電話を切ってすぐにゴルフセットを発注しなくてはならなかった。
「工藤さん、こちらへどうぞ」
藤田の奥方に促されて奥方の横の席についた。
何が嫌といって、こういう家族ぐるみの付き合い、というのが宴会パーティの次に工藤は苦手だった。
今日は本社でミーティングのあと、藤田の自宅に招かれ、日本でも指折りの庭師が趣向を凝らしたという日本庭園を藤田とそろそろ社長の座を譲られようとしている息子夫婦に案内され、さらにディナーが待っていた。
警察にはその出自のお陰で目を付けられているだろう工藤だが、おかしなことに財界の重鎮である東洋商事をはじめ鴻池産業、美聖堂に加えてこのフジタ自動車のトップとの付き合いは長い。
藤田は息子が次期社長の椅子に収まることは既に決まっているらしく、工藤との仲を取り持とうという気もあるようだ。
ただし現在東京本社社長である息子の晴久とも工藤は長い付き合いではあるが、晴久の方は仕事以外に工藤に対して何の思い入れもない。
無論、藤田自身まだまだ表舞台から引っ込むつもりはないようで、息子が社長となっても藤田は会長として存在感を残すつもりらしい。
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