月澄む空に76

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 ダイニングに来るまでに古伊万里の壺が壁際に飾ってあったのを見て、そういえばと工藤は藤田とゴルフのコースを初めて回った時のことを思い出した。
 まだMBC時代、鴻池に誘われて工藤も接待ゴルフに参加したのだ。
 なんの話からなのかは忘れたが、鴻池が、工藤の実家では古伊万里に普通に花を活けているというようなことを藤田に話したことで、藤田が面白そうに工藤を見たのだ。
 中学までに曽祖父母が他界し、後見人となった工藤家の弁護士によってかなりの土地を売って相続税を支払ったが、実家を売ったのは青山プロダクションのビルを建てる時で、鴻池はその前に一度工藤の実家を訪れていた。
 その時に、工藤家にある芸術品や骨董品なども見て回り、工藤の曽祖父のことを貿易商というよりコレクターだと言い、どれもがちょっとやそっとの代物ではないから、家は売ってもそれらは売るなと工藤に進言している。
「古伊万里はやはり花入れになっているのかね」
 その時工藤の思考を読んだかのように藤田が聞いた。
 藤田は軽井沢に滞在中に工藤の別荘を訪れ、実際平造が花を生けた古伊万里を目にしていた。
「あれはもう花入れとして使うしかないでしょう。曽祖父は特に気に入りのもの以外は使うべきという人でしたから」
「本物志向の人だったようだね」
 工藤はと言えば、子どもの頃から親しんできたというだけで、絵や彫刻、骨董品の価値などに頓着しなかったが、軽井沢の別荘は曾祖母が気に入っていたようだから売らない方がいいとこちらも工藤の面倒を見てきた平造に言われて残したので、全て別荘に移し、冬にはプラグインの藤堂の助言で専門業者が入って作品の保管庫を造り直した。
 セキュリティを厳重にしただけでなく、作品の保管のために最適な気温湿度等を調節できるようになっている。
「絵もむき出しで飾られていたが、かなりいいものだったよ。シスレーか何かじゃなかったかな」
「この冬作品の保管庫を専門業者に作らせた時に、壁の絵も額装しましたよ」
 絵はもともと直射を避けていたものの、壁に無造作にかけてあり、時々平造が埃を払っていた程度だが、これも専門業者によって今やアクリル板で覆った立派な額に収められている。
 藤田の奥方や晴久の妻は芸術作品を普段使いしていたという話に興味を持ってしばし会話が進んだが、晴久は一向に話題に入ることもない。
 そのうち晴久の下の息子がこの春慶應大医学部に進学した話になり、どこどこのだれだれはどこの大学だのという、よくある話題へと会話が移っていく。
 工藤にはほぼ興味がないし、よいしょやおべっかが使えない性格の男には口を開く術もなかった。

 


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