晴久も、細君に、そうだったわね、とか、すごいわね、などと振られても、うん、くらいしか言わない。
藤田家は代々幼稚舎から慶應で、晴久もエール大に留学するまでまさしく慶應のおぼっちゃまだったらしい。
俺とは肌も水も全く合わないわけだ。
日頃ほとんど人との相性など考えたこともないが、珍しく工藤はそんなことを心の中で呟いた。
この先このおぼっちゃま社長とそりが合わなくてスポンサーから離れたとしても、間を取り持とうとしている藤田には悪いが、去る者は追わずの性分からも一向に構わなかった。
「そういえば君のところの優秀な広瀬くんはゴルフはやるのか?」
ディナーの後リビングに移り、藤田と晴久と三人今度は酒を前に、藤田が工藤に聞いた。
酒を用意したのは住み込みの家政婦の島田という年配の女性で、以前ここに訪れた時のことを覚えていたらしく、工藤のグラスにはマイヤーズが注がれた。
この家で酒が出たのは一度だけだったのだが、いかなる業種でもプロはさすがと思わせることがあるものだ。
「ゴルフセットを最近買ったばかりで、まだまだ」
それも届くのは明日だ。
藤田には二度ほど良太を合わせているが、案の定藤田にも気に入られたらしい。
「誰でも最初は初心者だ。ぜひ今度、連れてくるといい」
「ありがとうございます」
良太にはお前もゴルフくらいとか何とか言ったものの、忙しくてそれどころじゃないだろう。
それにあいつは、何かあるとあれこれ考え込んで疲弊しているからな。
「広瀬さんは確か以前、俳優もやってたんですよね?」
ほとんど口を聞かなかった晴久が、また妙なことを聞いてきた。
「以前、広瀬さんを連れてこられた時、妻がたまたま見かけて絶対あのドラマに出ていた俳優さんよって教えてくれましたよ」
「ほう? そうすると広瀬くんは今はやりの二刀流か?」
藤田が笑う。
「いや、あの時は、予定していた俳優がドタキャンして、苦肉の策で代役をさせただけなんです」
「そうなんですか? 妻に録画を見せられましたけど、なかなかいい感じでしたよ?」
今まで何度となく聞かされた聞きたくもない話に、うううと唸りそうな気分になりつつも、工藤は苦笑した。
「本人はプロデュースの仕事に埋没していますよ」
「みたいですね。あれ、土曜の午後にやっているドキュメンタリー、広瀬さんプロデュースでしょう? あの番組、たまに見るんですが、俺、結構ああいうの好きなんですよ。初回の茶道家や和菓子職人の回、よかったですよ」
こいつ、意外と地味な趣味なのか、と工藤は晴久を見た。
「あれは広瀬があちこちアンテナを張ってこれはという逸材をみつけて取材したりと、今、力を入れているんですよ」
良太の仕事を認めてくれる人間なら、スポンサーとして歓迎してやってもいいが、と工藤は内心不遜に呟いた。
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