月澄む空に79

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「良太ちゃん、すみません、ちょっと」
 大森美術の大森和穂がその時良太を呼んだ。
「え、瀬川さん、入院? 事故?」
「そうなのよ、信号のない交差点で出会い頭にぶつかって、軽トラにドラレコつけろって前から言ってたんだけど、相手もドラレコなくて、揉めちゃってさ、何か、瀬川さんの方が劣勢みたくなっちゃって、まあ、本人は元気なんだけどね。何せ、うちの看板職人だから」
 三週間後の撮影に使うセットに支障があってはということで、和穂が相談してきたのだ。
「良太ちゃんが番組で取り上げてくれたお陰で、反響が大きくて、仕事も入ったんだけどさ、うちのオヤジさんに言われなくても、私はまだ半人前で瀬川さんの弟子みたいなもんだし」
 良太がプロデューサーとして名を連ねるドキュメンタリー番組、「和をつなぐ」では、初回の茶道をはじめ日本でその道を極めている、主に若手職人から芸術家まで幅広く取り上げているが、大森美術も撮影には欠かせない大道具小道具を制作からセットまでを請け負っている職人集団ということで、父親の跡を追ってこの世界に飛び込んだ和穂の活躍にスポットライトを当てたのだ。
 青山プロダクションとは長い付き合いの大森美術だが、テレビで取り上げてもらえたことで、社長の大森からスタッフ一同、「盆と正月が一緒に来たかのような」大騒ぎだった。
 当の和穂は芸大を出た木彫のアーティストだが、この世界では本人が言うように営業にせよ仕事にせよ半人前扱いらしい。
「わかりました。監督と話して調整してみます」
 良太の言葉に和穂はほっとしたようすで仕事に戻っていった。
「ほんと、なんでもかんでも良太ちゃんがいないとまわっていかないわねぇ」
 良太を目で追っていた森村は腕組みして一人頷くひとみを振り返った。
「ひとみさん。そうですよね、みんな何かっていうと良太さんに頼りますね」
「それでぇ? モリーは何となーく天野ちゃんの良太ちゃんを見る目が気になっていると」
 森村はまた驚いた顔でひとみを見つめた。
「え、まあ、何というか………」
「良太ちゃん、自分に対する視線にはほんと疎いからねえ。てか、誰かさんのこと以外目に入らないっていうか」
 すると森村はハハハと笑う。
「普通に仲良くするのはいいと思うんだけど、天野さん、良太さんにちょっと近づきすぎな気がして」
「そうねえ」
 ひとみも同意らしい。
「いや、俺もこないだ、高校の時のガールフレンドがいきなりうちにきちゃって、ソフィが怒って帰っちゃうしで、大変で」
「あらま! で、どうしたの?」
 ひとみは興味深々で森村を見やる。
「サラにソフィと付き合ってること話したら、わかってくれて、俺が仕事の時はソフィがサラをあちこち案内してくれて、サラはロスアンゼルスに帰りました」
「よかったわね~、下手するとドロドロの言い争いになっちゃうわよ。ちゃんと話すって、大事なことよ」
 ひとみが感慨深げに言うと、森村は「肝に銘じます」と真顔になった。
「天野さん、ドラマの重要人物だし、良太さんとのことがぎくしゃくしたりしなければいいなと」
「そうよねえ」

 


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