月澄む空に80

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 ため息交じりにひとみは呟いた。
 宣言通り、その日の天野は神がかったような演技で監督を唸らせ、つられたように出演者全員が極力リテイクなしで撮影を終わらせた。
「今日、皆さん、気合はいってましたよね」
 良太は思わず口にしないではいられなかった。
「俺、有言実行の人なんで」
 良太の横に立った天野が得意げに言った。
「約束通り、ゴルフセット買うの付き合ってください」
「え、それはいいですが、俺が付き合っても、ほとんどわかりませんよ? ゴルフのことなんか」
「少なくとも俺よりは知ってるでしょ? ゴルフセット今持ってるんだから」
「持ってるってだけで、何にもわかりませんてば」
「まあまあ」
 天野は笑い、「今日は船岡さんに俺の車で来てもらったんです」と言い、「船岡さんはタクシーで事務所に戻りましたから、行きましょう」と良太を促した。
 良太は森村にジャガーで帰ってくれるように頼むと、天野の車に乗り込んだ。
「学生の時からスポーツグッズはお茶の水なんです」
 天野はアウディのハンドルを切りながら言った。
「ああ、俺も、よく行きました、お茶の水。子どもの頃からチームのみんなと」
「良太さん、ピッチャーでしたっけ」
「まあ」
「沢村選手はライバルでしたね」
「あ、ちょっとバカにしてないですか?」
「まさか」
 天野は笑った。
「そういえば、この車、新車でしょ? ピカピカ」
 良太は思い出したように言った。
「ハハ、初めて新車買ったんです。これまでオンボロ中古ばっかでしたけど」
 白のアウディは清廉そうな天野によく似合う気がした。
「いいですね~自分の車って」
「良太さんのジャガーもかっこいいですよ」
「あれは会社の車です」
 っていうか、工藤の車だけど。
「でもほとんど良太さんの車みたいじゃないですか」
「仕事でしか乗らないですけどね」
 やがて天野の運転するアウディは、お茶の水にあるスポーツショップビルの駐車場へ滑り込んだ。
 乗り込んだエレベーターはたまたま二人だけだったが、ゴルフ売り場のある会で降りた途端、フロアにいた人々が一斉に二人を見た。
「天野右京じゃない?」
「あ、ほんとだ、本人だ」
 そんな声があちこちから聞こえてきた。
「行きましょう」
 天野を庇うように良太が歩き出すと、「大丈夫ですよ」と天野は笑い、周囲の視線も気にすることなく堂々と歩いていく。
 天野が初心者だからと説明すると、スタッフは丁寧に応対してくれた。
 いくつかウエアも試着したが、長身で身体も鍛えている天野が着ると、どれでもよく似合った。
「なんか天野さんが広告してるみたいですよ。選べないから、天野さんが好きなやつでいいんじゃないですか?」
「ええ? 良太さんが好きな色は?」
「え、俺ですか? うーん、ドジャーブル―とか?」
 良太が思いつくのは、せいぜいMLBの球団の色くらいだ。

 


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