秋山に聞いたところによると、当初オーディション後の奈々の育成に関しては、別の事務所に引き取ってもらう手はずだったらしい。
それがその事務所にはたまたまアスカとドラマの主演争いをした女優がいて、アスカにその役を取られたことで、引き取りを拒否られたという逸話が潜んでいた。
新人の育成なんかできるかと工藤はごねたようだが、秋山が何ごとにも最初がありますからと説き伏せられたという。
今となっては小さな家族的なオフィスがよかったのかどうか、奈々はこれ以上ない成長を遂げた。
「いっけね、もうこんな時間。じゃ、俺、行ってまいります」
良太は落ち込んでいる暇などなかったのだとリュックを背負い、オフィスを後にする。
「モリー、頼んだからな、撮影」
ドアを開けてから良太は振り返り、声を張り上げた。
「Copy! お任せください!」
頼りがいのありそうな森村の声に送られて、良太は階段を駆け下り、タクシーを拾った。
蒸し暑い夜だった。
だがホームでもあり、その夜のゲームはジャイアンツを相手に五対四で関西タイガースが勝利をおさめた。
もちろん、最近乗りに乗っている沢村は四の三でホームランを一本放ち、ホームラン王争いで一歩進んだかに思われたが、スワローズの山本もサヨナラホームランで華々しくチームを勝利に導いた。
「クッソ、山本選手もさすがだよな。結局本数また並んだし」
取材の後、市川と別れて、良太は六甲山町にある神戸での沢村の住まいに来ていた。
どこかで飲むより部屋に来ないかと誘われたのだが、神戸の祖父の持ち物だったという別荘は、著名な現代建築家のデザインというだけあって、まるでアメリカ映画に出てきそうな建物だと、良太はガラス張りのリビングから街の灯りを見下ろした。
「まあでも、また明日も打てばいいさ」
鮨を買って来たが、二人とも腹が減っていてビールと一緒にあっという間に食べ終えると、沢村が冷蔵庫からチーズやソーセージなどを取り出し、ワインを開けてグラスに注ぎ、良太の前に置いた。
チーズをつまみながらワインを少し飲んだ良太は、さっきから静かな沢村を振り返った。
その沈黙は、やはりそうとう大問題を抱えているらしいと、良太は思わずふうと息をついた。
「それで?」
沈黙に耐えられずに良太は尋ねた。
「何があった?」
すると沢村は持っていたグラスのワインを一気に飲み干し、やはり一つ大きく息を吐くと、「ブルックス監督にとにかく来てくれって言われた」とぼそりと言った。
それを聞いて良太は、そうか、とだけ返した。
ああ、そうなんだ、と良太は心の中で反芻した。
確かに今の沢村にとっては、それは大問題だろう。
昔、ポスティングでMLBに行く、と息巻いていた頃の沢村であれば、一も二もなく承諾したに違いない。
だが今の沢村には、行きます! とは簡単に言えない事情があった。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
