良太が何とか起き上がろうとしたその時、風のような勢いで間に飛び込んできた男がいた。
しかも武道、それもかなり攻撃的な技でたちまちのうちに男たちを蹴散らし、叩きのめしていく。
工藤も黙ってはいない、突き放しても尚も向かってくる男らに応戦し、千雪は持っていた傘で周りの男を振り払う。
工藤に殴り倒された男が、今度は立ち上がった良太に襲い掛かって押し倒した。
ところが謎の男が良太からその男を引き剥がしてぶちのめす。
すぐに男は倒れている良太を抱き起こした。
せつな、男からかすかに、おそらく上質のフレグランスの匂いがした。
このシーンにそぐわない気がして、良太は思わずその男の顔に見入る。
後ろで束ねた髪、外灯からは距離があり、年齢は窺い知れない。
「こらぁ、そこで何やっている!」
大通りの方から声が聞こえ、警官らしい男が走ってくる。
続く一人はタクシーの運転手のようだ。
「やべぇ! 逃げるぞ」
襲ってきた連中が車に走って乗り込んだ。
工藤はそれを追って捕まえようとしたが、ドアが閉まりきらないうちに車は走り出した。
「あれ、さっきの人は?」
警官がたどり着いた時、良太はあたりを見回したが、もうあの謎の男はいなかった。
「私が襲われたところを、みんなが助けてくれたんです」
交番まで足を運び、事情を聞かれると、千雪がそう答えた。
近くの交番に警官を呼びにいってくれたのはタクシーの運転手だった。
千雪はいつの間にか、小林千雪のトレードマークであるメガネを掛けていた。
彼が小林千雪と名乗り、著名な小説家と知ると、警察官は千雪にかかりきりになり、「気をつけてくださいよ」と言っただけで、良太や工藤には取り立てて聞きもしなかった。
千雪が嘘をついている、良太は思ったが、工藤はそれに異論を唱えることはしなかった。
「当分の間、一人で動かないでくれ」
今度は千雪をマンションのエントランスまで送っていくと、工藤は懇願するように、千雪に言った。
親切なタクシーの運転手は、「いやあ、大事にならないでよかったですね」と今度は二人を乗せて乃木坂へと車を走らせる。
「工藤さん、さっきの人、一体何者なんだろ…」
しばらくして良太は聞いてみた。
「さあな」
そっけない返事だ。
工藤がそれ以上語らないだろうことは、良太にも察しがついた。
男たちの狙いが工藤にあったのは、良太にも連中の口走っていた言葉で推測できた。
当然工藤もわかっているはずだ。
一人で動くなと千雪に言った時の工藤の苦渋に満ちた表情。
そんな工藤を良太は見たことがなかった。
良太はかろうじて走り去る車のナンバーを覚えたが、それを口にすることもできなかった。
翌日は午前中に下柳と一つ打ち合わせを済ませてオフィスに戻ってきたが、千雪を、いや、工藤を襲ってきた連中のことが気になって良太は仕事にならなかった。
そうだよ、やっぱ千雪さん、危ないじゃないか!
工藤が心配するのは当然だ。
「こいつ、ほんとに工藤のイロか?!」
「だろ? めちゃ美形だってからよ、早くしろ!」
工藤のことばかりで頭を一杯にしていた良太の脳裏に、男たちのセリフがよみがえる。
千雪さんが工藤の『女』だと、思われたってことだよな? 暗かったし。
どこかで工藤と千雪さんを見てたってことか。
良太は覚えていた車のナンバーから所有者を調べる方法がないかと考えたが、陸運局などで登録事項等証明書の交付請求をしなくてはならないし、車台番号も必要となる。
千雪の知り合いで警視庁捜査一課の渋谷にとも思ったが、それには何らかの理由が必要となるだろう。
良太は首を振って、とりあえずペンディングにした。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
