「いえ、あれはほんのピンチヒッターでして」
良太としてはこの話題は工藤の前では極力避けたかった。
仏頂面がさらに不機嫌になるのがわかっているからだ。
「本業はプロデューサーでしたね」
紫紀はにこやかに追い打ちをかける。
名刺には確かに秘書のほかにプロデューサーという肩書きはあるのだが、良太としては半人前という自覚が十二分にある。
「いえ、まだほんの駆け出しで……」
良太を焦らせるような話題はそこまでで、以降は本題のドラマについても少しばかり話し、紫紀との打ち合わせは和やかなうちに終わった。
「落ち着いたらまたぜひうちに遊びにいらしてください。もちろん、良太くんも」
ただ、最初はかろうじて広瀬さん、だったのだが、途中からすっかり良太くん、に定着してしまっていることに、良太は小首を傾げないではいられなかった。
やがて工藤と良太は応接室を出ると、紫紀に見送られてエレベーターにのりこんだ。
「連絡は入れる」
一階で降りる良太にひとこと言い置くと、工藤はそのままエレベーターでパーキングがある地下へと向かった。
案の定、工藤と話ができたのはほんのわずかだった。
良太はぽつねんとひとりロビーに残された。
「ちぇ……」
東洋商事を出た時は三時を回っていた。
良太も慌てて丸の内線に続く階段を降りた。
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