谷川は良太よりあとに入社したとはいえ中途入社みたいなものだし、タレントは問題外だから、良太さん、なんて呼んでくれるのは真中の他にはいそうにない。
「あんなの、藤堂さんも考えていたことだ。俺の口から言わせて、クライアントをさりげなく納得させてるんだろ」
そんな羨望の眼差しで見られるようなすごい人間じゃない。
それに、何だよ、その、あと継ぐ、なんて。
あまり聞きたい言葉じゃない。
撮影が予定通り終わると、波多野や製作会社スタッフ、藤堂らに挨拶し、良太は小笠原、真中とともにスタジオをあとにする。
「波多野さんが、どうかしたんですか?」
波多野と挨拶を交わしてから、何気なくその後姿に目を走らせた良太に、真中が聞いた。
「え? いや……」
やっぱり、と良太は思う。
何か気になっていた。
その雰囲気に、どこかで見覚えがある気がしてならなかったからだ。
気のせい、かな……
昨夜から降り続いた雨は夕方になって少し小降りになった。
どんよりと重く暗い空がビルの狭間から覗いている。
「冷えてきたな」
こんな日は、ただでさえ渋滞になりやすいところへ一段と道路が混む。
ワイパーが落ちてくる水滴を撥ねる。
通り抜けられるかと思った信号が赤に変わったのを見て、良太はチェ、っと思う。
ラジオの天気予報では、今夜の雨は東京でも雪に変わるかもしれないと言っている。
雨のせいか窓の外のビル街は既に灯りがともり、薄暗い空を背景にネオンの色がやけにうるさく感じられる。
今夜は何もなかったよな。
久しぶりにナータンと遊んでやるか。
午前中は志村の舞台の顔合わせのため小杉らに同行し、午後からホテルオーニシでアスカのドラマの記者発表に立ち合い、良太は結構疲れていた。
アスカが出演する次のドラマだが、一週間ほど前の顔合わせで、制作陣に自分が不在の時は広瀬に、と工藤が紹介してくれたものの、売れっ子とはいえ、脚本家の逐一注文をつけるくどくどしい言葉がまだ耳に残っている。
アスカが、ばばあ、とか言いたくなる気持ち、わかるよ。
思い出して良太は笑う。
そろそろ沖縄から工藤戻ってくる頃じゃないだろうか。
言ってくれれば迎えに行ったのにさ。
明日は朝からまた大阪だったよな。
そんなに動いてほんと、身体、壊すなよな。
会社の駐車場に車を滑り込ませると、良太は一階の玄関ホールへと続くドアを開けた。
「せやから、ボディガード、紹介しますよって」
ドアは螺旋階段の下に通じており、見上げると人影があった。
「そんなものはいらん」
え、工藤、もう帰ってきてるんだ?
それに、あれは千雪さん………?
ぐっと車のキーを握る指に力が入る。
「ええやないですか、やつらが俺のことそう思うてるんやったら、思わせとけば。寄ってきたら逆に……」
「バカを言え。俺のことでお前を危険にさらせるか!」
良太は立ちすくんだ。
先日襲われたことを心配しているのか。
「俺が勝手にやるだけやし」
「待て、千雪!」
工藤の手を振り解いて駆け下りようとして、足を踏み外しそうになった千雪の腕をとっさに掴む工藤が、しっかり良太に見えた。
危うく千雪を抱きとめる工藤。
良太は息を呑む。
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