その時、千雪が良太に気づいた。
「良太……違うで、誤解すんな」
千雪の声が追いかけるが、良太はオフィスを逃げ出していた。
雪まじりの雨の中をせかせかとただひたすら歩いていた。
千雪には京助がいるからと思って忘れていた。
工藤は千雪を愛しているのだ、やはり。
わかっていたことでも目の前で見せつけられるときつい。
なんだ………やっぱそうだったんだよな……
どくどくと濁流のように荒れ狂うのは嫉妬。
少し、冷静になれ。
理性ではわかっていても、押さえつけることができない想い。
どう足掻いても俺は、工藤の家族になれるわけでもないし、工藤の中の千雪という人のポジションに取って代われるわけもないんだ。
そんなことわかってたことじゃんね。
だから、簡単に沢村と契約しろなんて、言えちゃうんだ。
俺のポジションは、あくまでも部下で。
俺がぎゃあぎゃあ喚いたから、面白がってちょっとからかいだしただけで。
俺のこと可哀想に思って、心にもない下手くそなセリフ口にしたり。
工藤、やっぱ役者なんかやれないな、あれじゃ。
工藤、変に、優しいからな。
もうずーーーっと、蓋をしてきた。
工藤から、ほんとのこと聞かされるの怖かったんだ――。
一人でこんなに飲んだのは久しぶりだった。
良太は六本木をふらついて、目についたバーに一人で入り、何杯目かのウイスキーのグラスを空けた。
もう、いいや、どうにでもなれってんだ。
外に出ると、雪に変わっていた。
「ううう、冷たくて気持ちいい」
酔った良太はフラフラ歩いていて、道端にひっくり返りそうになる。
その腕が背後からしっかりした腕に支えられた。
「あれ、あんた、どこかで会った? あれ、あんた波多野、さん?」
男は笑ったように見えた。
車で送りましょうという男に連れられて部屋に戻ってきた。
「あれ、何かいい香り………」
良太は夢心地で呟いた。
頭、割れそう。
朝、胃腸薬は飲んだものの、昼も摂る気にはなれなかった。
二日酔いもいいとこで、自分の顔を鏡で見て、ひでぇ、と良太はつい口にした。
真っ青で今にも倒れそう、というやつである。
工藤はとっくに出かけたらしい。
夕べのことも何のフォローもなし、ね。
「良太ちゃん、大丈夫?」
「はは、すみません、もうちょっとで浮上しますから」
心配顔の鈴木さんに、力なく笑ってみせる。
それにしても、夕べ、俺、どうやって帰ったんだろう?
覚えていないのである。
とにかく朝、起きたら、自分のベッドで寝ていた。
上着とズボンはきっちりハンガーにかかっていたし、シャツの胸は開いていた。
まさか工藤?
でも工藤なら、鍵をドアの下から滑らせたりしない。
夕べ、誰かが隣に座っていたらしい気はするのだが。
波多野、さん?
うろ覚えの記憶を辿るが、はっきりしたイメージは浮かんでこない。
夢か現か、というやつだ。
まさかね、何で波多野さんが。
仕事で数回会っただけなのに、第一、俺の部屋知ってるわけないだろう。
だが、誰かに、送ってもらったことは事実だ。
参った……。
見知らぬ誰かに、部屋まで送らせたなんて。
たまたまその誰かが、いい人だっただけで。
盗られるものなどはないが、周りを見回しても、昨日と変わりはない。
昨日と変わりはない、か。
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