海外からの客の接待が予定されているという部屋は、セミスイートで、ゆったりくつろげるスペースがあった。
「どうぞ、お座りください」
「いえ、結構です」
良太はドアのすぐ近くに立って、きっぱりと言った。
「どうしたんですか? 藤堂さんからプロジェクトの方は順調に進んでいると聞いていますが」
縁なしの眼鏡がエリートな雰囲気を助長させている。
身のこなしもエレガントで、とても大の男を一撃で倒すような拳法の持ち主とは思えない。
だが、良太は確信していた。
「そちらの仕事のことではありません。お時間がないようですから、単刀直入にお聞きします」
ここに来る前に、藤堂にさりげなく波多野のプロフィールを聞いた。
ハーバードを卒業し、さらにビジネススクールを経てMBAを取得し、アメリカの大手企業に在籍していたが、二年ほど前に日本に戻った。
コンサルティング会社に一年いたのち『MEC電機』に広報部長として引き抜かれた。
「何ですか?」
にっこりとエリート中のエリートは笑う。
「あんた、いつか麻布で会った拳法の使い手だろ? 俺が酔っ払った時、俺を会社まで運んだのも。その、あんたの香水、それが証拠だ」
「いったい何を言っているのかな?」
波多野は笑ったが目は笑っていない。
「香水だの拳法だの、第一同じ香水を使っている人は世界に五万といるんじゃないか?」
「とぼけるな! あんた一体何者だ? 工藤に何で関わる? 中山会の人間か?」
「……工藤……?」
波多野の声が一段と低く響く。
「その……声、思い出した! あんたの声、どっかで聞いたと思った! 工藤に電話してきたやつだ! 貴様、何者だ? 工藤に何をするつもりだ?」
良太はしっかと波多野を睨みつけた。
「そんなことを聞いてどうする? じゃあ、私が工藤を殺す、といったら?」
波多野の言葉が良太の心臓を射抜く。
「そんなこと、させるもんか!」
「そんなに工藤が好きなのか?」
鋭い目線に良太はうっと言葉を詰まらせる。
「こんなところに、一人でのこのこ乗り込んできて、もし私が君を人質にして工藤を陥れようとしていたらどうするつもりだ?」
「そんな…こと……」
良太は一歩あとずさる。
「こんな後先なしの行動を取るような君を、あの男はいたく大事にしているようだからな。一言そういえば奴はとんできて」
波多野はにやりと笑い、首をちょんと刎ねる仕草をしてみせた。
「一環の終わりだ」
伸びてきた男の両手が良太の首を締めつける。
「そんな……こと……させるもんか!」
「君がいくらそうやってがんばったところで、君の力ではどうにもならない。私一人倒せない」
淡々と不適なことを並べ立てる。
だが、それはいちいちもっともな話だ。
苦しくて男の手に爪を立てながら、良太は改めて自分の無力さを思い知る。
「バカじゃなければわかるだろう? 君は工藤の抱えている爆弾に等しい。以後、こういう考えなしのマネは控えることだな」
いきなり、男は良太を突き飛ばした。
咳き込みながら、倒れ込んだ良太は絨毯の上から立ち上がる。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「そろそろ客が来る時間だ。わかったらさっさと出て行ってくれ」
とっとと出て行けといわんばかりに波多野はドアを開ける。
出て行きかけて振り返った良太はもう一度尋ねる。
「待って…あんたは、工藤の味方なのか? それとも……」
「さあ? 君が知ったところで何になる?」
波多野の鋭い一瞥を最後に、良太の目の前でドアは閉じられた。
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