「私が襲われたところを、みんなが助けてくれたんです」
交番まで足を運び、事情を聞かれると、千雪がそう答えた。
近くの交番に警官を呼びにいってくれたのはタクシーの運転手だった。
千雪はいつの間にか、小林千雪のトレードマークであるメガネを掛けていた。
彼が小林千雪と名乗り、著名な小説家と知ると、警察官は千雪にかかりきりになり、「気をつけてくださいよ」と言っただけで、良太や工藤には取り立てて聞きもしなかった。
千雪が嘘をついている、良太は思ったが、工藤はそれに異論を唱えることはしなかった。
「当分の間、一人で動かないでくれ」
今度は千雪をマンションのエントランスまで送っていくと、工藤は懇願するように、千雪に言った。
親切なタクシーの運転手は、「いやあ、大事にならないでよかったですね」と二人を乗せて乃木坂へと車を走らせる。
「工藤さん、さっきの人、一体何者なんだろ…」
しばらくして良太は聞いてみた。
「さあな」
そっけない返事だ。
工藤がそれ以上語らないだろうことは、良太にも察しがついた。
男たちの狙いが工藤にあったのは、良太にも連中の口走っていた言葉で推測できた。
当然工藤もわかっているはずだ。
一人で動くなと千雪に言った時の工藤の苦渋に満ちた表情。
そんな工藤を良太は見たことがなかった。
もう良太にはどんな言葉も口にすることができなかった。
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