真夜中の恋人51

back  next  top  Novels


 田辺は几帳面な性格で、仕事ぶりもまじめで評判もいい、何も問題は見当たらない。
 さらにこの田辺が老女を殺す動機がないのだ。
 だが、老婆のかかりつけの病院に足を運ぶうち、待合室で集う老人たちの中に老婆をよく知る者がいて、渋谷は気になる話を聞いた。
「そういえば、昔、まだあの人、歩いてここに通ってた頃、言ってたのよ。いざとなった時のために、ちゃんと手元にそこそこのものは持ってるんだからって」
「というと?」
 渋谷は目を見開いた。
「へそくりよ、へそくり、どこかに隠してたみたいよ」
「いくらくらいとかは?」
「さあ、そこまでは知らないわよ」
 また、田辺が今働いている施設の中では、先頃田辺と婚約したフィアンセも働いているという話も耳にした。
「ほら、婚約指輪もらったって、うきうきしてる」
 髪をまとめ、清楚な雰囲気の若い介護士が、明るい表情で、車椅子を押していくのを、渋谷は目で追った。
「彼女ですか?」
「そ、ねえ、あの指輪、安くはないわね」
「さり気なく、自慢してたもんね」
 同僚の介護士仲間の話から聞き出したところによると、割と最近までぎくしゃくしていたのが、最近、婚約指輪をもらい、結婚の日取りも決めたようだという。
 俄然、渋谷の中では、この田辺に対する疑惑が大きくなってきたのだが、いかんせん時間がない。
 そこでいちかばちか、顔を知られていない千雪がまた下手くそな小芝居をうつことになったのだ。
「警視庁に知り合いがいてちょっと小耳に挟んだんですけど、あの殺された木本っておばあさん、ベッドの下かどこかに大枚のへそくりを隠していたって話ですよ。ヘルパーに行かれてたんですよね? そんな話聞きませんでした?」
 淵無しの眼鏡をかけ、ラフなジャケットとパンツという、なるべく記者っぽい服装で朝早くから施設の田辺を訪ねた千雪は、適当な名刺を作って渡し、スポーツ誌のライターだと名乗ってちょっとかまをかけてみた。
「い…や、ほんとですか?」
 一瞬、田辺の表情が硬直したのを千雪は見逃さなかった。
「やっぱご存知なかったですか」
 メモを取る振りをしながら、千雪は田辺の様子を伺った。
「おそらく容疑者は老女を殺して、そのへそくりをせしめたんだろうというのが警察の見方なんですが、そのへそくりをせしめた決定的な証拠がないので、起訴に踏み切れないでいるとかいう話なんですよね~」
 田辺が動揺しているらしいのは伝わってきたので、千雪の下手くそな芝居でも食いついてくれれば、というところだった。
 その様子を伺っていた渋谷は、手ごたえありと課長に伝え、応援を頼んで田辺の婚約者松山まどかをマークさせて自分は田辺に張りつくと、千雪に連絡してきた。
 うまく食いついて何らかの行動を起こしてくれればええけどな。
 缶コーヒーの残りを飲み干すと、千雪はパソコンのキーを叩く。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます