真夜中の恋人62

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「……その、夜景がきれいやな……て、湯につかって気持ちええな、思て、ちょっと目ぇ閉じたら、つい寝てもたみたいで……」
 京助は呆れて、はあ、と息を吐いたすぐ、怒鳴りつけた。
「何が、ついだ! ばかやろう!」
 すぐ間近で怒鳴られて、千雪は思わず首をちぢこませる。
「鼓膜が破れてまうがな……」
 最後まで口にしないうちに千雪の身体は抱きしめられていた。
「脅かすんじゃねぇ! バカやろう!」
 京助にしては心なしか力のない声で、しかしぎゅっと千雪を抱きしめるその腕には力があった。
 大事そうにしっかりと抱きしめる京助の心がそのまま沁み込んでくるようだ。
「……京助……もう、平気やし……そう、バカ、バカ、言いなや」
 千雪はおちゃらかした口調でそう言ったが、京助はしばらくじっと千雪を抱きしめたまま動かなかった。
 京助は千雪を抱えようとした時何かを見た気がして、それを今思い出したのだ。
 多分見間違いではない、目を閉じた千雪の目じりに涙があったことを。
 負けず嫌いで勝気で頑固できつい性格の裏に寂しがりで怖がりな千雪が隠れていることをここ数年のつきあいでわかっていたはずだ。
 たった一人の肉親である父親が亡くなり、京助の前では気丈にしていたくせに、通夜に駆けつけた研二にすがって泣いていた千雪を見たのではなかったか。
 千雪に会いにきた江美子が残した手紙を見て、結婚するのだと知った時、酔いに任せて泣いたのは、江美子だけでなく、おそらく傍にいて欲しかった研二が知らないうちに結婚してしまったことを、もう自分の傍にはいてくれないのだということをあらためて思い知ったからではないのか。
 千雪は傷ついてきたのだろう。
 そうやって大切な人間が去っていく度に。
 あの妙な変装は千雪なりの鎧なのだ。
 お前なんかいなくたって、一人で生きていける。
 精一杯の鎧を纏い、そうやって一人で虚勢を張って生きているのだ。
「バカやろう!」
 京助はまた怒鳴りつけた。
 俺が本気でお前を離すわけがないだろう!
 京助はもう一度千雪を抱きしめなおす。
 そんな風に愛おし気に抱きしめられると、千雪は言葉が出てこない。
 京助の心臓の鼓動が直に伝わってくる。
「俺は、どこへもいかない」
「…………え……」
「信じなくてもいいが、俺はずっとお前の傍にいる」
 優しいのだろう。
 いやそれが研二の千雪への優しさだったのだ。
 いずれ江美子と結ばれて幸せになるだろうと。
 だが、運命なんてどこでどうなるかわかったもんじゃない。
 江美子は別の男と結婚し、千雪には悪い男がとりついた。
 だが、安心しろ。
 俺は千雪を離してやらない。
「だから、頼むから俺から離れんじゃねぇ」
「……京助……」
 千雪は京助の背中にぎゅっとしがみついた。
 あかんわ、もう………

 


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