「いいところでしょ? 私もここに初めてきた瞬間、気に入ったの。ここにいると太陽と海、それだけで何もいらなくなる」
カクテルグラスを良太にひとつ渡すと、加絵は風になびく長い黒髪をかきあげる。
「あ、ありがとうございます」
海の色をしたカクテルに口をつけると、甘酸っぱい香りが喉の奥に広がっていく。
「なんてのは嘘ね」
「え?」
思わず良太は加絵をじっと見つめる。
「大切な人の心という一ピースが欠けていたら、幸せのパズルは完成しないもの」
詩人やね~などと心の中で突っ込んでみるが、その「大切な人」というのが誰を指しているのか、良太にも見当がつかぬはずはない。
「高広がどんなに否定しても、周りは彼の背後にある生い立ちを見逃してはくれないわ。どこまでいってもついてまわる。鴻池さんがいなかったら、仕事も続けられたかどうかわからない、って、彼、言ったことがある」
憂いを孕んだ微笑はどこまでも美女には似あうらしい。
「彼は日本を出た方がいいと思う。それは逃げるんじゃないわ。アメリカでもヨーロッパでももっと彼自身を認めてくれるところで仕事をするべきだわ」
「はあ…」
良太がボーっとしている間に加絵はもうアスカたちと笑っていた。
あの人は工藤を好きなだけじゃない、本当の工藤さんをわかってやれる人なのかもしれない。
ひょっとして、彼女こそ工藤の横に居るべき人なのか。
漠然と良太の心の中で大きくなる空虚な思い。
「君のお陰でトラブルもなく仕事が片付いたよ。改めて礼を言う」
背後から声をかけられて、良太は振り返る。
「鴻池さん…そんな……」
良太はひたすら恐縮するばかりだ。
「予想以上にいいできだったと思うよ。ほんとの話、ぜひ、君にはドラマにも出てもらいたい。君にはそれだけの、いや、未完成だがそれ以上の力がある。このまま運転手や秘書なんてやっているより、それ相応の金も入るし、ぜひ君はそっちの道に進むべきだと思うね」
「いや、俺なんて…」
言葉は賛辞なのだが、鴻池の言葉にはあまりいい響きを感じられなかった。
こんなに手放しで誉められても、この業界のこともそろそろわかり始めてきた良太は、そうそう物事が簡単にいかないことくらい知っている。
「もうひとつ片付きそうなのはあの二人だろうな」
良太は言葉もなく、鴻池が目で指し示した方に顔を向ける。
いつの間にか加絵と工藤が二人でデッキに寄り添っている。
「目下のところ、君のすることは、二人を応援してやることかな? 工藤も通り雨みたいな恋じゃない、本物の恋を、ようやく掴まえたんだろう」
ギシギシ胸が痛む。
そうなのか? やっぱり。
俺なんかも「通り雨」?
ドクンドクンと心臓が鼓動を高め、息が止まりそうになる。
「大丈夫? 良太、顔、青いよ」
クルーザーがポルトフィーノの入り江に戻り、桟橋に降りる時、心配したアスカが良太に声をかける。
「ああ、平気」
「何だ、これしきで酔ったのか?」
言葉はきついが、工藤の目は気遣いの色を見せて、良太の肩に手を置いて顔を覗き込む。
「いえ、大丈夫です」
「高広、今夜は最高のディナーを用意したのよ。リヴィエラ最後の夜を皆さんに堪能していただきたいわ」
幸福感があっという間に去ってしまう。
そして―――――――
良太は目を上げた先に険しい表情を自分に向けている加絵を見出した。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
