「お帰りなさい。お風呂入ってね」
「すみません」
元気を迎え入れた詩織の明るい声に、かろうじて答える。
「どうした? 元気。顔色がよくないぞ」
ちょうど風呂から出てきたらしくタオルを首に引っ掛けた勇気が元気の顔を覗き込む。
「え、いや、だから、ちょっと夏バテかなって」
笑うのが億劫だ。
家から何も持ってこなかった元気は、コンビニで下着だけ買ってきたのだが、金をちゃんと払ったかどうかすら記憶からもれている。
何か、俺、すんげーショックなん?
シャワーのコックを捻り、熱い湯を頭からかぶりながら、元気は自分の感情をコントロールできないでいる。
なーにが、長い人生、こんな恋もたまにはあり、だよ!
なーにが………
『こんな別嬪な彼女がいたのね。イケメンやと思っとったけど』
テレビに映った豪を見て母が口にしたそんな言葉さえ、実はひどく苦しかったのだと、ようやく元気は思い知る。
あの時、店に電話するな、なんて言った俺に呆れたのかもしれない。
それともとっくにあの女といい仲になっていたんだ。
ハ………、そういうことか。
よーくわかったよ。
わかったけど、俺………
俺、めちゃ、あいつに置いてかれるの、きつい……
バッカみてぇ………
兄のTシャツと短パンを借り、部屋に戻った元気だが、エアコンを入れて涼しくなっても、ベッドに横になってもなかなか寝つかれない。
タオルでガシガシやっても乾ききっていない髪がうっとおしい。
「くっそー、ビールでも買ってくるんだった」
窓際に置かれたテーブルの上の時計はまだ十時半。
一度くらいは会えるはずだと思い込んでいた自分がバカだった。
三日くらいこっちに滞在しようと思っていたのだが、披露宴が終わったらとっとと帰りたい。
「二次会かぁ。たるいな。でも優作のやつが幹事じゃ、とっとと帰るってわけにも………」
ブツブツぼやいていると、ドアがノックされた。
「元気、いいか?」
「ああ、いいよ」
やはりTシャツに短パンで、勇気は缶ビールを携えて入ってくる。
「飲むだろ」
「サンキュ」
元気は笑い、早速缶ビールのプルトップを引く。
「カフス、いるんだろ」
勇気は短パンのポケットからカフスを取り出した。
「あ、そうだった。ども、お借りします」
あまりに手ぶらで来てしまった元気がカフスを持ってくるのを忘れたことに気づいたのはついさっきのことだ。
ベッドに並んで座り、ビールの冷たいのどごしに少しばかりほっとする。
「それで、何悩んでる?」
すかさず切り出され、元気はきたか、と思う。
昔からこの兄には隠し事はできなかった。
だが、今回ばかりはどう話したものかわからない。
「うまくいってないの? 豪くんと」
口をつけていたビールを噴出しそうになって、やっと飲み込んだ元気は、まじまじと兄を見つめる。
「母さんから、豪くんが近くに引っ越してきたって聞いたよ。何年か前の夏、うちに連れてきたことがあったろう。ほら、オヤジと一緒に釣りに行った時。今までいろんな子とつきあってたみたいだけど、あの時の元気、心底嬉しそうだったからな」
いくらなんでも意外な発言に元気はうろたえる。
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