夏を抱きしめて11

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「何で……」
 元気は兄の顔を見つめた。
「元気のことでわからないわけないさ」
「ってか……いいわけ? それで」
「俺がいいとか悪いとかの問題じゃないだろう。お前が幸せなのかどうかが一番大切なんだ。またいつかみたいに悲壮な顔をした元気を見たくないしね。あの時、オヤジが亡くなったことだけじゃないだろう? お前は何もかも捨てて家に戻った。お前の決意は揺らぎそうになかったから、口は出さなかったが」
 元気は兄の優しい眼差しを見上げ、かすかに笑う。
「母さんもあれで心配してるんだぞ」
 カルチャースクールで生け花を教えたりしながら、今日は層雲峡、明日は雲仙と『絵手紙』仲間と飛び回っている母は、少々の怪我ぐらいなめておけば治る、という風な人だ。
 干渉しないというか、自分のことは自分でしろというか、そんな母親だからこそ、元気も好き勝手してこられたわけだが、心の機微を心配するようなタイプではないと思っていた。
「いつだったか電話で、真剣に言ってた。元気が嫁に行くかもしれないから、嫁入り道具を揃えとかなくちゃ、って」
 勇気はクスリと笑う。
「………はあああ?? 何それ?」
 元気は呆れて二の句が継げない。
「大学行ってバンド活動始めて、髪伸ばしただろ? 母さんが言うことに、元気はちょっと大きいけど私に似て美人だから男にももてる、だってさ」
 母親のかなりなトンチンカンさに二人してゲラゲラ笑う。
「まあ、実際元気は男女関係なかったみたいだし」
「……俺って、ほら、あんまり考えないやつだから」
「でも豪は特別なんだろ?」
 自嘲気味な元気の台詞を受け取って、勇気がきっぱり口にする。
「俺さ……長い人生だからたまにはこんなのもありかも、なんて思って……」
「また、隠居老人みたいなことを」
「うん、終わったら終わった時なんて……いざとなったら、とてもそんな風に思えなくて……動けなくなっちまって………バカだろ………俺。ほんとは、弱っちいやつだし」
 勇気に肩を引き寄せられるまま、元気は頭をもたせかける。
「元気はちょっと自分を外に出した方がいい。多少みっともなくてももっとじたばたしていいんだから」
 元気は肯定も否定もせず、しばらく目を閉じていた。
 でも、もう遅いのかも……。
 だけど、豪を失うのがひどく恐い。
 こんなに俺って臆病なやつだったんだ。
 しかも欲が深くて、嫉妬深くて、情けない。
「元気…」
 幼い時のように兄の声が安堵をもたらしたのだろう。
「俺………ガキみてぇ……」
 ここのところちゃんと眠れていなかった上、列車の中でも目が冴えて一睡もせずだったせいか、ようやく睡魔が訪れる。
 元気は久しぶりにぐっすりと眠った。
 翌朝、小さなギャングたちに叩き起こされるまでは。

 


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