「そんなでかい声出さなくても聞こえる」
努めて静かに、元気は言った。
「だってさ、あの店だって、井上美奈子がマネージャーと一緒に食事しようっていうから、俺、行っただけなんだぜ? それが店出た途端、マスコミの連中、待ち構えていやがって…」
「仕事中にわざわざ電話するようなことか。切るぞ」
「…だって元気、携帯出てくれねーし」
「店にいるのに、んなもん切ってる。とっとと仕事しろ」
「あ、おい、元気ぃ~」
情けなさも極まれりな豪の声を最後にガチャン。
「ちょっと、元気!」
何かまた言おうとした紀子だが、ちょうど四、五人のグループががやがやと店に入ってきたため、きっと元気をひと睨みして無理やりの笑顔でオーダーを取りにいく。
東京から引き上げてきて以来、元気は携帯などきっぱり持っていなかった。
先日、豪がプレゼントと称して最新式の携帯を置いていくまでは。
昔ならじゃらじゃらとストラップをつけた、まみとかゆうことかさとみとかいう名前が入った携帯がポケットに欠かさずはいっていたものだが、いかんせんここのところの元気にとって今時の進みすぎた機能はやたらうざいばかりで、メールはおろか電話機能自体滅多に使われずに電源が切られたままだったりする。
「ラインも携帯も恋人同士の必須アイテムじゃない! 離れていても元気の顔が見たい、って豪ってばかわいいじゃない!」
元気のジャケットのポケットから豪がくれた携帯が覗いていたのを勝手に取り出し、紀子が機能の説明をしてくれる。
会えない日の方が多いからというのはわかるが、どちらかが可愛い女の子だったらまだしも、ヤロウがヤロウに携帯で甘い愛の言葉を囁き合う図なんぞ、想像するのも空恐ろしいじゃないか。
囁く、というか、宣言するのはもっぱら豪にまかせてしまっている元気だが。
始めはよかったのだ。
長い人生、こんな恋もたまにはあり、だよな。
そんなことを考えて、あんな傷つけたはずの自分を追いかけてきてくれた豪を、直情的だが素直なその心を受け入れてしまった。
よもや近隣に豪が居を構えて住んでしまおうとは、元気には思いも寄らなかった。
決して遊び半分の気持ではない。
それは断じて。
豪が自分のもとに戻ってきてくれることが嬉しくて。
けどな………、豪、お前…………ほんとに後悔してないのか? それで……。
胸の奥に燻るブラックホールが段々大きくなるような気がする。
半年か。
目が覚める頃かもしれない。
もう、そろそろ…………。
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