七時過ぎに工藤の運転するベンツは乃木坂を出た。
「え、こっちなら俺運転しますけど」
良太は普段使っているジャガーをさして言ったが、俺が運転する、と工藤が言うので、良太は必要なものをとりあえず放り込んだバッグを一つトランクに入れると、助手席に座った。
慌ててスケジュールを調整してから、自分の部屋に上がり、猫たちのトイレを掃除し、ご飯を用意し、ざっとシャワーを浴びると、とりあえずスーツを着た。
軽井沢に行くと言われたものの、どういう用事でを聞く前に工藤はオフィスを出てしまったので、バッグにはタブレットや着替を入れている。
軽井沢にある工藤の別荘には、良太がノートパソコンを一台置いているので、いざとなれば仕事もそこでできる。
「それで、何か急な仕事が入ったんですか?」
高速に入る前に渋滞にかかって車が停まった状態になると、良太は聞いた。
先ほど電話で相手を怒鳴り散らしていた件とは別の物だろうとは良太もわかる。
「綾小路さんに呼ばれている」
車が動かないのをイラつきながら、ハンドルを握る工藤は答えた。
良太が設定したナビが一キロほどの渋滞があるなどと言うから、余計に工藤は眉根の皴を深めている。
「え? 東洋商事がらみ?」
「まあな」
「呼ばれているってことは、あのスキー合宿やったでかい別荘?」
すると工藤は鼻で笑う。
「そうだ。その、スキー合宿やったでかい別荘に呼ばれてる」
ちぇ、そういう人を見下してバカにするから、いろいろ言われるんだろうが。
「あ、平造さんに連絡入れました?」
良太は話題をするりと変える。
「さっきな。平造は明日から、前々から行けって言っていた人間ドッグだ」
「あ、そうなんだ」
ふーん、平さんいないのか。
じゃあ、明日の朝ごはんはなしか。
平さんの美味しいご飯だけが楽しみだったのにな。
和食も味噌汁が美味いし、パンなら平造お手製のジャムが絶品だ。
あっ、でも杉田さんがまた代わりに来てくれるとか?
杉田は工藤の曽祖父母の代から懇意にしており、工藤の幼い頃からを知っている家政婦だ。
何かの時には近くに住む杉田に応援を頼むことがあるが、工藤を、ぼっちゃん、と呼ぶ元気な七十がらみの女性である。
どうやら、工藤は年上の世話好きな女性には弱いらしく、杉田に小言を言われても怒鳴ったり言い返したりはできないようだ。
ま、杉田さんもいなければ、コンビニで何か買ってくればいんだし。
工藤は二の次三の次にしがちだが、食事は大事だ、と良太は子供の頃から母親に言われて育った。
「だめよ、朝ごはん、ちゃんと食べないと、お勉強も頭に入らないわよ」
主に言われていたのは、思春期、太るのを気にして牛乳だけで出て行こうとする亜弓だったが。
「お兄ちゃん、学校遅れるよ」
妹にせかされながらもしっかり朝ご飯を食べきってから出るのが良太だった。
思えば、青山プロダクションに入ったばかりの頃、父親が背負わされた負債をどれだけでも返そうと、食事を抜いて経費を浮かせようとした時が一番きつかった。
例えば悪いやつらに捕まったとして、金庫のナンバーとか言わないと食わせないぞ、なんて言われたら、俺、即、しゃべりそう。
んで、お払い箱であっけなく殺されるんだ。
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