「箸の使い方なんか遺伝するかよ」
純が文句をたれると、「ばっかいえ」と文也が言い返す。
「ケンは俺のばあちゃんによく似てるんだ。ばあちゃんはな、どっかのいいとこの出だったんだ。そうだ、兄貴はばあちゃんっ子だったからな、瑠美さんとの馴れ初めが、そもそも瑠美さんがばあちゃんに似てるってとこからだって言ってやがったな」
しみじみと文也が遠い目をして、一つため息をついた。
「確かにおふくろに似てるよ、ケン」
あまり口数も少ない純一までがうんうんと頷く。
「ってことは、俺もお品がいいってことじゃね? そっくりなんだからよ」
純が自分とケンを指さして言った。
「なーにが、言うにことかいて、お品ってのはこう滲み出てくるもんさな、てめぇのお品が聞いて呆れる」
「何だと?!」
今度は親子喧嘩が始まりそうな気配となったその時、ケンの上着のポケットで携帯が鳴った。
今頃誰だろう、と思いながら画面を見ると、Hansの文字が浮かんでいる。
「ちょっと失礼します」
ケンは居間から出て電話をタップした。
「そっちは今、31日の午後2時頃か? 何かあった?」
「いや、こっちは犬たちとのんびりお茶するくらいで退屈極まりないよ。で、ルーツは見つかった?」
「ああ。父親の家で、祖父母や叔父一家と一緒に、美味い寿司やすき焼きをいただいたところだ」
「寿司! 羨ましい限りだ。ミュンヘンにも美味い寿司屋があるが、やはり日本で食べた寿司は別格だった」
受話器の向こうのハンスは、本当に羨ましげでテンションが高い。
「日本酒を土産に持って帰るよ。もちろん、ハンスの分もあるから期待して」
「ほんとか? それは嬉しいな。本来の家族と十分楽しんでくるといい」
「ああ、そうするよ」
電話が切れると、何とも言えない寂寥感に襲われて、ケンは苦笑いした。
父親の家族にはこれ以上もなく歓迎してもらっているのに、と申し訳なく思う。
だが、例えケンにとって血縁のある父親の家族とはいえ、言葉の通じない、知り合いも誰もいない見知らぬ土地に一人という状況に変わりはない。
しかも外見上はそうとは見えないという矛盾が存在する。
そもそも、ルーツなんてことを最初に言い出したのはハンスだった。
ハンスの父親の家系はその昔バイエルンの騎士だったとかいう話は以前、ケンも聞いたことがあった。
それが最近、母方の家系にイタリアの芸術家がいたらしいことがわかり、そのルーツを探したら結構いい絵が見つかったので、年明けにお披露目パーティをするから、休暇を利用してこちらにこないか、とハンスに誘われのが、休暇を前にした一週間ほど前のことだ。
フィフティフィフティでミュンヘンに心が動いた。
ところがその時、どういうわけか「俺もルーツを探しに行くことになっている」などと口にしてしまっていた。
実のところ、数人の知り合いからパーティの誘いはあったものの、さほど心が動くことはなく、かといって出かけたいところもなく、ジョーと二人、のんびり家で過ごすかくらいしか考えていなかったにもかかわらず。
口にしてしまった手前、その不可解な感情はおいておいて、実際に日本に行くことになってしまった。
ルーツを探しに行く、と言った時、ハンスが、日本語がわかるのか、誰か知り合いはいるのか、一人で大丈夫かと心配してくれたことを思い出した。
子供じゃあるまいし、一人で大丈夫だ、とケンは電話越しに言い返したくせに、ちょっと声を聞いただけで、妙に心がざわついている。
ったく、どうしたってんだよ、俺は。
「電話、彼女から?」
居間に戻ると、純がニヤニヤと聞いてくる。
「友達だよ」
「別に隠さなくてもいいのに」
「いや、本当に友達だって」
友達、本当にそうなんだろうか、俺にとってハンスは。
友達、ではあんなことはしないよな。
でも、それ以上にはならない方がいいだろう、やはり。
結局のところ、その結論を出すのを先延ばしにしたいがために、ルーツ探しを選んでしまったのかもしれないな。
ケンは、笑うと目尻に刻まれる皺が妙にチャーミングでセクシーな、陽気で優しいドイツ人に思いを馳せていた。
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