東京へ行こう 3

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 中身だけ抜き取って捨てられた財布やパスポートなど、犯人の供述から川に捨てたということで見つかる可能性は低く、警察が夫妻の携帯に登録してある日本人らしい相手に連絡を試みたが、英語で話しかけても相手は切ってしまったため、失踪人の捜索願もなかったことから、捜査は犯人逮捕の時点で終了した。
 ただ、赤ん坊が施設に引き取られるところを、殺害された夫人と面識があるというロウエルが夫妻の部屋の片づけや葬式を出し、ケンを養子として引き取りたいと申し出た。
 人生にいくつかの岐路があるとしたら、生まれて数か月でケンはいきなり人生の岐路に立たされ、その後はアメリカ人として生きることとなった。
 両親が強殺された事実をロウエルから聞かされたのは、十五歳を過ぎた頃だった。
 誕生日はたまたま夫人が出産した病院がわかり、そこで判明した。
 だがサウスブロンクスに住む岡本夫妻の名前が父は岡本純也、母は岡本瑠美とだけしかわからず、誰もそれ以上夫妻について調べようとしなかった。
 しかしロウエルはその後、夫妻について顧問弁護士のブラッドリーに調査をさせ、夫人の実家に問い合わせをしようと試みたが、相手は英語を理解できなかったのか、やはりすぐに切られたのだと、ケンに話してくれた。
 ともあれ夫妻が何故捜索願が出ていなかったのか、その後の調査で徐々にわかってきた。
 岡本純也は東京でIT関連の仕事をし、瑠美は美大を卒業して絵を描いていたが、二人は結婚を反対され、やがて渡米、その時には夫人は身重だったようだ。
 どうやら二人ともの実家は二人が日本にいないとは思っていなかったようで、弁護士から聞いた事実に驚き嘆いていたという。
 ロウエルの死後、ちょうどケンが十七歳の頃だろうか、岡本純也の親族が一度ニューヨーク市警を訪れ、事件のことや遺された子供が引き取られたことなどを調べていったようだとブラッドリーに聞かされ、ケンのことを教えられたらしいのだが、結局ケンに接触してくることはなかった。
 ルーツを調べてみようと過去に思ったことは幾度かあった。
 だがケンが今一つ踏み切れないでいたのには、そういった事情もあった。
 強殺されて十七年も経つのに探そうともしない親族。
 結婚を反対されていたという話から、おそらくその子供にも会いたくはないのだろう。
 飛び級で十歳の時にはH大で物理学や数学に没頭し、そのまま大学院に進み、当時物理学研究室で准教授となっていたケンだが、中身はまだ十七歳で、いつか縁者の誰かが自分を探しに来てくれるのではないかというわずかな希望をどこかに持っていた。
 けれどもニューヨークに来たらしい親族はついにケンに会うこともなく帰って行ったという。
 以来、ルーツを辿ろうという思いは捨てた。
 捨てられた子供など世の中に山ほどいる。
 マットにしても、ジャンキーの両親は彼を捨て、既に亡くなったという。
 だがクリスマスイブの前日、うっかり口にしてしまった。
「ルーツを知りたいから東京に行く」
 ミュンヘンからの電話の向こうで、あいつがルーツとか言い出した、それが発端だった。
 十年前、捨てたつもりだったが、どこかにまだそんな思いはあったのだろう。
 いや、いろんな人との関わりの中で、自分という存在を確かめたいとあらためて思ったことも事実だ。


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