Act 7
成田を離陸した時は、少し雲がかかっていた。
いざ雲の上に来てしまうと、ケンは早くジョーに逢いたくなった。
ニューヨークへ向かうフライトは快適だった。
ジェットはゴルトベルガー家所有だが、G社の仕事関連での打ち合わせや、客の接待などにもよく使うらしい。
機内はオーダーメイドで、カウンターバーのあるリビングは会議室兼用だが、ベッドルームやバスルーム、リラクゼーションルームなどもあり、ソファはベッドにもなる。
ゲミンゲンが食事の用意や給仕をしてくれたが、彼用の小部屋や、凄腕のパイロットが二人乗り込み、交代に休めるよう仮眠室も備え付けられていた。
食事は日本の馴染みのレストランにオーダーしたものを温めたものだったが、贅沢なコース料理で、実際レストランにいるかのように美味だった。
ハンスはいつものように陽気にしゃべり、ケンが考えていたようにぎくしゃくすることはなく、四人であれやこれやたわいもない会話をした。
「今朝、純のうちに行ってきたんだろ? どうだった?」
気さくにハンスが話しかけてきた。
「別れる時、祖父や祖母だけでなく、叔父や叔母にまで泣かれたよ。家族ってあったかいもんなんだなって」
「それ、純の家族だからってだけ。どこでもそうとは限らない」
アレクセイが口を挟む。
「そうそう。俺んち、親父は親父ってだけで家族じゃねーもん」
タブレットのキーボードを叩いていたロジァもそんなことを言う。
そういえば、倉本家では目いっぱい胡散臭がられたっけ。
「なるほど、色々なパターンがあるってことか」
「でも、思い切って行ってよかったんだろ?」
ハンスは笑みを浮かべた。
「そうだね。行ってよかった」
ケンも微笑んだ。
後は、眠ったり、自分の席で本を読んだり、パソコンに向かったり、それぞれやりたいように寛いでいるうちに、気が付くとやがて目に馴染んだニューヨークの空が見えてきた。
例によってリムジンでJFKから市内に入ると、ハンスは三人を食事に誘った。
ロジァの提案で、いつものグリルに立ち寄って、ベーグルサンドやコーヒーの夕食となった。
店内の喧騒に浸っていると、ケンは帰ってきたのだと実感が湧いた。
仕事で海外を飛び回ることは多いのだが、今回の日本への旅行は少し特別なものになった。
ロジァはビールが飲みたいと喚いたが、ケンは三人にはワインやビール、ロジァにだけコーヒーをオーダーしたため、ぶすくれながらロジァはガツガツとベーグルサンドを平らげた。
土産はそれぞれに渡したし、ハンスがリムジンで送ってくれたお蔭で、マディソンスクエアにあるアレクセイのマンションの前でロジァとアレクセイを降ろしたあと、ケンは身軽に自宅玄関まで帰ってこられた。
早速走ってきて、逢いたかったとしきりにアピールするジョーを抱きしめているうち、マットもやってきた。
「お帰り」
「ただいま。留守中ありがとう」
ゲミンゲンと一緒に荷物を中まで運んでくれたハンスは「ゆっくりお休み」と言って車に戻ると、ちょっと手を振って、リムジンとともに屋敷を去って行った。
その時唐突に、ケンの中でハンスに追いすがりたいという強烈な思いが沸き上がった。
何だかわからないが、ゆっくりお休み、という言葉がまるで、これでさよなら、というふうにケンの中で変換されていた。
だが一歩踏み出そうとして、ケンは辛うじてそれをとどめた。
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