良太よりも前からこの会社にいて経理その他庶務等までやってくれている鈴木さんは、たまにテレビなどで芸能界のトラブルやゴシップなどが取り上げられると、「まあ、芸能界ってとこはほんとに大変なのねえ」なんて言うのだ。
社長の工藤はその芸能界で敏腕プロデューサーとして名を馳せ、知らぬものがないという存在で、工藤が関わったドラマや映画はこけた例がなく、弱小ながら人気俳優も所属している会社の業績はこのご時世にあって右肩上がりだ。
しかも、工藤は縁は切っているものの広域暴力団組長の甥という出自のせいで会社は常に人手不足、工藤も国内国外を問わず走り回っている。
そんないわば芸能界ど真ん中のオフィスにあっても、何が起ころうとドンと構えて、ほほほ、と笑っている鈴木さんには、工藤も頭が上がらないらしい。
小林千雪とも良太が入社する以前からの知り合いで、ボサボサ頭に黒縁メガネ、オッサンジャージというみょうちきな出で立ちが知られている変わり者の推理作家は表向きで、トラウマを抱えた美形が素顔だということも鈴木さんは当然知っているが、どちらの千雪が現れても対応が変わることはない。
ともあれ、良太はダメモトで千雪の携帯を呼び出した。
「あ、お忙しいところ恐れ入ります、広瀬ですが」
繋がったことだけでもラッキーだ。
千雪は編集から逃れるために携帯を切っていたりするからだ。
「ああ、何? 良太からの連絡とか、嫌な予感ばっかやから」
なるほど、千雪の方でも良太の思惑を見越しているらしい。
ハハハと空笑いをしてみせてから、「またまたそんな」と良太はどう切り出すか迷った。
「今、大学ですか?」
「や、これから帰るとこや」
壁の時計がちょうど三時を示していた。
「早いですね、いいなあ」
「原稿は送ったし、教授は今日お休みやから、俺も帰ってひと眠りしよいうとこや」
ということは、千雪には差し迫った仕事や用事がないということだ。
「それなら、夕食でもご一緒にいかがです? ひと眠りされた後で」
「うーん、実は良太に例のもの鑑定終わったから返そ思うとったから、まあええけど」
「えっ」
千雪に工藤の祖母から預かったペンダントを鑑定のために預けていたのをすっかり忘れていた。
安全だろう千雪のところにもう半永久的に預けていたかったのだが。
「もう、鑑定終わったんですか?」
「もう、て、預かってから随分たっとるやろ。ほな、持って行くよって」
「え、今夜? ってか、鑑定、どうだったんですか? まさか本物とか言わないですよね?」
「それは会うてから伝えるし」
「ちょ、それって意地悪っていいません?」
「今更、俺が意地の悪いヤツやて、知らんわけやないやろ?」
ったくどいつもこいつも、面倒くさいやつらばっか!
良太は心の中で毒づいた。
「わかりました。じゃ、六時頃迎えに上がりますから」
食事のついでにスタジオにちょっと顔出させてしまおうと良太は考えた。
「ああ? 六時半!」
千雪が時刻を訂正してきた。
「了解です」
今日など、ペンダントをまた預かる心づもりはなかったが、千雪に会う理由にはなる。
「千雪さん、顔出してくれそうですか?」
携帯を切ると森村が良太のところに来て早速聞いた。
「いや、まだ言ってないけど、食事してからついでにスタジオに連れて行こうと思って」
「なるほど」
「あ、だから、悪いけどモリー先にスタジオ行ってくれ」
「Copy!」
元気よく返事を返して、森村は自分の席に戻る。
そうだ、秋山さんのこともあったんだ。
今のところあまり問題もなく撮影がスムースに進行している事だけは幸いだ。
何が食べたいか千雪に聞いたところ、温かいもの、というので、西麻布のフレンチレストランに予約を入れた。
以前、工藤が連れて行ってくれたこじんまりとした店で、工藤の元同期がオーナー、その弟がシェフで、気取らない雰囲気だが美味しいフレンチを食べさせてくれる。
マンションの車寄せに車を停め、エントランスで待っていると、やがて千雪が現れた。
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