春雷34

back  next  top  Novels


 セーターにジャケット、コーデュロイのパンツというラフな出で立ちだが、小林千雪の定番であるジャージの上下よりはずっとましだ。
「すぐそこに車停めてありますから」
 千雪は助手席に乗り込むと「西麻布の店?」と良太に聞いた。
「ええ、『カミーユ』っていう工藤さんの元同僚の方がオーナーなんです」
「ふーん」
 店のドアを開けると、すぐにオーナーの夏川が出てきて二人を奥のテーブル席に案内した。
「工藤は相変わらず忙しいんですか?」
「ええ今沖縄に行ってまして」
 夏川は際立つ美貌の千雪が気になるようだが、さすがに不躾なことは聞いてこない。
 二人とも牛フィレ肉のコースに、千雪にはワインを、良太はノンアルコールワインをオーダーした。
「ほんまに、カミーユ・クローデルが好きみたいやな」
 スープドポワソンを口に運びながら、千雪が言った。
 壁にはカミーユ・クローデルの写真やパリの街並を描いたデッサン、あちこちにカミーユの作品の小さなレプリカが置いてある。
「そう言えば、今朝、平さんが所用でオフィスに来てて、藤堂さんが作品の保管のために専門業者を紹介してくれて、作品を置いていた部屋をリフォームするらしいです」
 良太はわざとそんなことを言ってみた。
「へえ。あそこには貴重な絵が仰山あるよって、その方がええわな。平さん、所用て何の?」
 千雪がさり気なく作品の話を逸らしたような気がしたものの、良太は何だかそれ以上突っ込むと自分が惨めっぽくなる気がした。
「何かめっちゃ遠い親戚のしかも平さんがひどい目にあったらしい老人が亡くなったのに、疎遠になってる孫とかいるけど、遺体の引き取りを拒否したんで、平さんとこに回ってきたらしいです」
「はあ? んなもん、平さんこそ拒否ればええやん」
 千雪はきっぱりと言う。
「平さん、優しいから、無縁仏にはできなかったみたいで」
「けど、引き受けよったらいろいろ面倒ごとがついて回るで?」
「あ、それで、小田事務所の安井さんが一緒に、手続きとかいろいろやってくれるみたいです」
「そうか、ほんならまあええけど」
 気取らない雰囲気とはいえ、見た目も鮮やかな料理はどれも美味しく、二人は十二分に堪能して、デザートのヴァシュランに舌鼓を打つ。
「美味いわこれ」
「めっちゃ美味い!」
 コーヒーになった時、さて、と言いつつ、千雪が徐にリュックから例のものを取り出した。
「とりあえず、お返しするわ」
 紫の袱紗にくるんだベルベットのペンダントケースを千雪は良太の方に押しやった。
「ちゃんと中、確認してや」
 千雪に言われて良太はちょっと嫌そうな顔をしつつ、袱紗を開いてペンダントケースを開けた。
「はあ、確認しましたけど」
「あかんがな、偽物やないかどうかちゃんとみとかんと」
「そんなこと言ったって、俺にはわかりませんよ。前と同じロケットになってて、写真も入ってますし」
 良太は恐る恐る蓋を開いて写真を確認した。
「それでどうなんです? これって、俺が普通にポケットに入れて歩いても構わないような代物なんですか?」
「そら、かまへんやろ、良太がもろたんやし」
「いや、俺はただ、預かった、だけです」
「ま、どっちでもええけどな。これが鑑定書」
 千雪はリュックから白いごく普通の封筒を取り出して、良太に差し出した。
「はあ、ありがとうございます。鑑定料の請求書は一緒に入ってますか?」
「入れてある。鑑定書と鑑別書入っとるから見てみ」
 良太は封筒から書類を取り出した。
 鑑定料は五万とあったが、そのくらいするものだとしか良太にはわからない。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます