春雷36

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 監督にも千雪があまり関わりたくないということは良太も伝えている。
 その上で千雪に顔を出して欲しいというのには、割と重要な状況なのだろう。
「あ、乗ります!」
 良太は千雪の手を掴んで、閉まりかけているエレベーターに向って呼びかけた。
 ドアは開いて、良太は千雪とともに慌てて乗り込んだ。
「すみません!」
 先に乗っていた人に断りを入れると、「おはようございます」と落ち着いた声が返ってきた。
「あ、おはようございます」
 反射的に良太が挨拶を返すと、中年男性の後ろに立っていた長身の青年がぺこりと頭を下げた。
「青山プロダクションの広瀬さんですね? 私、スカイプロモーションの船岡と申します」
 エレベーターが動き出すと、いきなり声を掛けられて良太は振り返った。
 中肉中背、髪には白いものが混じっているが、大作りな目鼻立ちで、何よりその目が鋭利な光を放っている。
 地味目だがスーツをきちんと着込み、コートを持つ姿勢もビシッと隙がなさそうだ。
 良太はその名前を聞いたことがあった。
 元は大手の芸能事務所で敏腕と評判の名物マネージャーだったが、事務所のゴリ押し的なやり方に業を煮やし、中堅どころの今の事務所に移ったと言われている。
 下柳だったか、「あの人はなあ、臭いものに蓋をしない、忖度しないで有名な堅物だったが、やっぱり大手を離れるとってことかなあ、なかなか消息も聞かなくなった」などと言っていた。
 やっぱり大手は強いってことか、などと良太も残念な気がしていた。
 ってか、俺は知ってても、この人何で俺のこと知ってる?
 そのことの方が驚きだ。
「あ、はい、失礼しました、広瀬ですが」
「広瀬さんのことはCMやドラマに出演された時から存じ上げております。今はプロデューサーをされているとか」
 あちゃあ、そこかよ、俺の名前の出どころは。
 またぞろ黒歴史を紐解かれた良太はガックリくる。
「ハハ、いや、あれはほんの代打でして……」
「いやいや、私なんかは、広瀬さんを見て、デビューしたばかりにしては肝が据わってて、まさしく磨けば光る原石だと勝手に思っていたものですよ」
 うっわあ、そんな科白、工藤には絶対耳にいれたくないぞ。
「まさか、私ごとき……」
 笑ってごまかす良太を、船岡の後ろに立つ青年がジロリと見た。
 あ、この人、知ってるぞ、ハムレットだ。
 確か、天野右京!
 志村嘉人が長年演じてきた筒井明彦演出の『ハムレット』を引き継いだ形で先だって小笠原が舞台を踏んだのだが、今度はこの天野もハムレットをやることになったと聞いたのを良太は思い出した。
 大河ドラマにちょっと出ただけなのに、その存在感やイケメンぶりがSNSで火がついた。
 芸名かと思いきや本名で、演劇の世界では活躍する俳優を抱えているものの売れっ子というようなタレントにはあまり恵まれなかったスカイプロモーションだが、最近いぶし銀のように硬派なイケメン俳優として天野右京はネットでも俄かに人気急上昇だ。
 ただし、年齢は良太と同年配だし、長年舞台で培われた確かな演技力があり、人気はあれど実力が伴わないような若手アイドル俳優とは一線を画す。
 ってか、何で俺睨まれてるんだろ。
「いや、私なんかからすると、表舞台から去られたのは惜しい気がします」
「とんでもない! ハハハ……」
 空笑いする良太に、「あ、申し遅れました、うちの天野右京です。どうぞお見知りおきを」と船岡は天野を紹介した。
「広瀬です。お噂はお聞きしております。ここのところご活躍ですね」
「ありがとうございます。失礼ですが、そちらは新人の方ですか?」
 船岡に問われて、うっわーと良太は心の中で叫ぶ。
 この人今日素顔だった!
「あ、はあ、まあ………」
 押し黙ったままの千雪をちょっと振り返り、良太がしどろもどろでごまかしたところで、エレベーターが止まった。
 この階ではネットのドラマ撮影が行われているはずだ。
「では、失礼いたします」
 船岡が天野を伴って降りると、ほっとして「失礼いたします」と良太も返し、すぐにドアを閉じた。

 


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