慌てて受付で船岡とのアポイントを告げると、受付の一人が良太をエレベーターホールまで案内してくれた。
最近できたばかりの自社ビルで、何もかもがピカピカと輝いていた。
「わざわざご足労いただいて、ありがとうございます」
八階のエレベーターホールでは船岡が良太を出迎えた。
天野は実に寡黙で表情から何を考えているのかわからない男だった。
良太がドラマについて説明する間、うんともすんとも言わずに黙って聞いていた。
やはり何か自分に対して敵意をもっているのだろうか、などと良太は考えてしまう。
秋山からかつての良太にとっての黒歴史であるCMとドラマ出演がよもや天野に関係していたとは、全く変なめぐりあわせだ。
「関係者の方々からは、天野さんを起用させていただくことに対して、大変歓迎されました。ご活躍の舞台やドラマ、映画での実力は着実に評価されつつありますし、今回は主演ではございませんが、主演に次ぐ重要な役どころですから、天野さんにやっていただければドラマ全体が締まるのではないかと」
「俺の舞台やドラマって、何を見たんですか?」
初めて天野が聞いてきた。
その鋭い目つきはまさしく良太がイメージする四ノ宮という刑事そのもののような気がした。
良太は、実際の舞台を拝見したわけではないと前置きして、映像で見たリチャード三世での王太子エドワードや、特にシェーファーの戯曲『ピサロ』のインカ帝国の王アタウアルパがすごいインパクトだったこと、また映画『ある事件』での容疑者となる無口な引きこもりの青年、ドラマではやはり無口な喫茶店のマスターやドラマに出始めの頃の学生群像の中でセリフもないのにやたら目立っていた学生役などを例に挙げた。
「存在感が半端ない方だと思いました。エレベーターでお会いした時、何か、ハムレットみたいだ、なんて」
良太はちょっと笑みを浮かべて付け加えた。
「おやおや、さすが、広瀬さん。驚きましたね、実は天野はハムレットの稽古のあとだったんですよ」
船岡がほんとに驚いたような顔で言った。
「あ、そうなんですか?」
するとまた天野は睨むように良太を見た。
いや、基本的に怖い人なのかも。
良太は思わず心の中で後ずさりする。
「しかし、広瀬さんもなかなか大胆な演技されてました。当時の和泉さんが芸名でしたか。CMなんかでもそれこそ存在感がありましたよ」
うわあ、またその話か。
良太は「いや、もう、それは……」と苦笑いする。
「あのあと忽然と和泉さんの消息がつかめなくなったので、私だけでなく、あちこちの業者やプロデューサーが探しておられましたよ。評判が悪かったのならいざ知らず、どうしてやめてしまわれたんですか?」
船岡としては納得がいく理由が知りたい、という顔でまともに良太に聞いてくる。
「あれはほんとに、苦肉の策というか」
何となく適当なことを言うとまた天野に睨まれるような気がして、良太はかいつまんで話した。
「あのドラマは鴻池物産がスポンサーで、ドラマとCMにうちの工藤が制作に関わっていた関係で、当初CMのイメージキャラクターだった俳優さんがすぐにも撮影に取り掛かるってところで怪我で降板されたものですから、たまたまうちのオフィスでミーティングの最中に、代理店も慌ててたんでしょう、ちょうど人相風体が私に似てるからって」
「工藤さんがGOサイン出されたと」
「とんでもない」
船岡の発言に良太は首を横に振る。
「こんなど素人にできるはずがない、商品価値なんかないってどやしつけられまして。でも、そうやって頭ごなしに言われたので私がつい反発して、やるとか言ってしまったものですから」
あの時のことはもう忘れたい黒歴史には違いないが、良太の中にあった複雑な思いはどうしようもなかった。
ここで口にすることなどできはしないが、ドラマへの出演に関しては鴻池の姦計によるもので、思い出しても腹が立つ。
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