春雷47

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 黒歴史のみならず、工藤の自分に対する思いってこんなものなんだ、と思い知らされることが今迄にも何度かあって、その度ごとにひとつふたつと、良太は諦めのようなものを飲み込んできた気がする。
 っと、感傷にふけるところじゃなかった。
「あの工藤さんにどやしつけられても怯まないところが、広瀬さんの度量なんでしょうね。業界の若い連中は工藤さんの名前を聞いただけでも怖がって、避けて通りますからね」
 船岡は笑った。
「いや、今時、怒鳴りつけたりとかパワハラになるからやめた方がいいって言ってるんですけど、あの性分はなかなかそう簡単には治りそうになくて」
「まあ、工藤さんが怒鳴りつけるのは何かを考えてのことですからね、やたらめったら意味もなく怒鳴り散らすわけではないでしょう」
「ええ。お陰でド素人の私が演技とか、できるはずもないってよくよく思い知らされたようなことで」
 船岡は良太の黒歴史についてそれ以上突っ込むようなこともなく、ドラマの撮影スケジュールと天野のスケジュールのすり合わせをすると、良太は事務所を辞した。
「ただ今戻りました」
 会社に戻ると、良太を追い越していく冷たい風に、慌ててオフィスのドアを閉めた。
「お帰りなさい」
 鈴木さんや森村の顔を見ながら、奥に工藤の姿を認めて良太は少しホッとした。
「工藤さん、大丈夫ですか? 爆弾とかってどうなったんです?」
「ああ、全くはた迷惑もいいとこだ」
 工藤の返事を聞いた良太はあれ、と思う。
「何か声が変ですよ? 風邪ですか?」
「ああ、空港に長いこと缶詰めになってたからな」
 工藤は眉を顰めながら言った。
「さっき聞いて私もびっくりしたのよ」
 キッチンから出てきた鈴木さんが良太にコーヒーを持って来てくれた。
「犯人は捕まったし、飛行機は隅から隅まで調べたけど何も出てこなかったらしくて」
「それはよかったですね」
 ほんとにテロとか聞くと良太はぞっとする。
 以前、9.11以来テロには過敏になっているニューヨークで大規模な爆破テロが起きた。
 工藤がちょうどニューヨークにいて、しばらく連絡がつかなかったから、こっちは大騒ぎだったのだ。
 工藤の友人が巻き込まれ、幸いにして怪我だけで済んだのだが、万が一工藤がとか思うと、良太は気が気ではなかった。
「工藤さん、今日はもう休んだ方がいいんじゃないですか? 何か食べました? 薬は?」
 良太は一つ電話をかけ終えた工藤に尋ねた。
「さっき、鈴木さんに出前を取ってもらったし、薬も飲んだ。今夜は斎藤に呼ばれている」
「ええ? 酒なんか飲んじゃダメですよ」
 思わず語気を強めて良太は進言した。
「飲まないようにするさ」
 そう言うと工藤は立ち上がり、コートを羽織る。
「じゃあ、送ります」
 良太も立ち上がった。
「お前はキャスティングの方、さっさとやれ。タクシーで行く」
 良太がブーたれた顔をしていると、「あ、俺、送ります」と、パソコンのキーボードを叩いていた森村が立ち上がった。
「あ、じゃあ、よろしく」
 良太が言うと、森村は振り向きざまちょっと頷いて見せた。
 二人が出て行くと、「工藤さん、何食べたんですか?」と良太は鈴木さんに聞いた。
「幕ノ内弁当なんだけど、半分も食べたかしらね」
 心配そうな鈴木さんの声が良太にも伝染したように、「鬼の攪乱は厄介ですからね」と呟いた。
「工藤さん、お帰りになったら、何か消化のいいもの召し上がった方がいいわね」
 時刻は六時半を過ぎ、帰り支度を始めた鈴木さんが言った。
「ええ、おかゆとかうどんとか、何か用意しておきます。熱を出すのは俺の特許みたいなもんだし、そこは任せてください」
「そうね。今、インフルとか流行ってるから良太ちゃんも気を付けるのよ」
「はい、ありがとうございます」
 まだ気がかりそうな顔の鈴木さんが帰ると、良太は仕事に戻ったが、工藤がこっちに戻ってくるかが心配になった。
 高輪の方へ行ってしまうと、ちょっと面倒だ。
 向こうに忘れ物があったりした時のためにと、良太はカードキーは預かっている。
 だが、部屋の前まで行ったことはあるが自分で使ったことは一度もない。

 


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