春雷57

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「ああ、手塚先生って、佐々木さんの近所のお医者さんだっけ?」
 良太は思い出した。
「そう。奥さんとまだ離婚中なんだけど、息子さんの健斗くん連れてきて、そしたら、生粋のスワローズファンの手塚センセそっちのけで、健斗くん沢村っちに会えて喜んじゃって」
 直子はまたクスクス笑う。
「沢村もたまには役に立つこともあるわけだ?」
「まあね、八木沼っちが来なくてよかったけど」
「え、まさか、八木沼選手、佐々木さんオフィス強襲したわけじゃないよな?」
 良太はまさかと思いつつ聞いた。
「それが今西ってプロデューサーがさ、一度、連れてきちゃったのよ、八木沼っち」
「はあ? それ、ヤバかっただろ?」
 今回、朱雀酒造が初夏から新発売する糖質オフ・プリン体オフのノンアルコールビール、「Yes! Free!(イエス、フリー)」のCMプロジェクトで、イメージキャラクターにプロ野球レッドスターズの新鋭八木沼大輔選手を起用したのが、電映社のビジネスプロデューサーという肩書のやり手と評判の今西だ。
 何がヤバかったかというと、八木沼が佐々木に会った途端、一目ぼれ状態だったからだ。
「でも八木沼っち、可愛くて。オフィスに入って来ても、大きな身体を小さくしちゃってさ。佐々木ちゃんが何か話しかけると、も、真っ赤になっちゃって」
 直子は笑い、「でも何がヤバいって、佐々木ちゃんだよ」と続ける。
「やっぱ、下手に野球選手のいるとこ行かない方がいいんじゃないかって」
 それを聞くと良太も「あ、俺も前、マジ、そう思った」と苦笑する。
「やっと少し仕事も落ち着いたから、佐々木ちゃんも沢村っちとピアノ行くみたい」
 直子はそう言うと、また小雪が舞う通りへと出て行った。
「え、直ちゃんが? え、これ、俺に? Wow! Sick!」
 直子と入れ違いで帰ってきた森村は、直子からのプレゼントの包みを開けて、メチャ喜んだ。
「良太さん、何もらったの?」
「これ」
 良太はきれいなパッケージのグルーミングキットを見せた。
「さすが、直ちゃん、可愛いね」
 森村は笑みを浮かべ、一緒に仕分けを始めた。
「そういえば、工藤さんは?」
「ああ、もう、仕事してるし」
「ええ? 工藤さん、風邪治ったの?」
 良太は首を横に振った。
「仕事中毒だから、あの人」
 ったく、また熱上がっても知らないからな。
 そうこうしているうちに、出演を依頼したベテランの俳優のマネージャーから電話が入り、他にもオファーがあり、説明を聞いてから決定したいと言われ、良太は四時に事務所に行くことになった。
 時間的に事務所から直接半蔵門のホールへ向かうしかないなと思いながら、良太はデスクで資料をプリントアウトした。
 去年は黒川真帆と山之辺芽久がここで鉢合わせして、競って工藤へのプレゼントを置いて行ったことを思い出し、今年もあの二人来るんだろうか、などとつらつら考えていると、またドアが開いて、一瞬冷たい風がオフィスに吹き込んだ。
「えっと、綾小路小夜子様からと広瀬百合子様からです」
 良太は顔を上げた。
 宅配業者が帰って行くと、「あら、今年も綾小路様から届いたわ」と鈴木さんがにこにこと言った。
「それから、良太ちゃんに、お母様からよ」
「ありがとうございます」
 工藤や俳優陣のようにわんさかプレゼントが届くわけではないが、母がチョコレートケーキを焼いて送ってくれるのが、良太としては嬉しいものだった。
 今年はチョコレートケーキとブランデーケーキを会社のみんなと社長さんとでどうぞということのようだ。
 そして月並みだけど、というメッセージとともに手編みのマフラーだ。
 鮮やかなブルーは、佳乃がくれたネクタイと同系色である。
「あら、すてき! お母様、お菓子も編み物もお上手よね」
 鈴木さんが良太のマフラーを見て言った。
「ええ、いいなあ」
 森村も羨まし気に良太を見た。
「俺にもそういうの作ってくれる母親ほしい」
 そう言われると、良太には返す言葉がない。
「うちの娘や息子もそう思ってるわよ。あたし、お菓子も編み物もてんでダメだから」
 鈴木さんがそう言って助け船を出した。
「あ、俺そろそろ出るわ。モリー、鈴木さん手伝って、あと頼むよ」
「Copy!」
 壁の時計を見て、良太はそそくさと出かける準備を始めた。

 


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