「はあ」
工藤はさらに面白くなさそうな顔で返す。
「はあ、じゃないよ、見ろよ、今日は居酒屋より彼女とお食事とかの日だろうが、お前ともあろうものが女っけなしで、こんな場末の店にしけこんでどうした?」
酒が入ってるからか、紺野は笑いながら揶揄する。
「紺野さんこそ、こんな店で一人酒はないでしょう。奥様は?」
「あいにく、奥様は娘と推しを追っかけてご旅行中」
紺野のなるほどな悲哀に、さすがに工藤も笑いを漏らす。
「はい、場末の店自慢のねぎま」
オヤジが突っ込みを入れながら料理を並べた。
「ってか、良太ちゃんも今日なんか、上司にわざわざ付き合わなくてもいいんだぞ?」
紺野は工藤越しに笑いながら良太の顔を見る。
良太はハハハと笑ってごまかし、ビールを飲んだ。
すみません、わざわざ付き合いたいのは工藤なんで。
心の中で良太は返事をする。
「いや、坂口さんだけじゃなくて、オーディションで楠先生の目に留まって決まりっていうのに、逃げ出したんだって?」
「は?」
紺野の話に、「オーディション? 楠先生ってどういうことだ?」と工藤が反応した。
「ああ、だから、言ったじゃないですか、谷川さんインフルで、俺が奈々ちゃんのオーディションに付き添いで行った時、廊下で待ってたら、いきなり違う部屋に引っ張り込まれて、寄ってたかって決まりだ何だって人を決めつけられて」
良太は言い訳のように説明した。
「いや、あれ、映画のW主演のオーディションで、楠先生、せっかく君に決まりと思ったのに逃げられた何とかならないかって、あちこちに泣きついてきたんだよ」
紺野が苦笑交じりに言った。
「お前、楠先生んとこで演技かなんかやったのか?」
工藤が良太を見た。
「はあ? んなもん、何も知らないのにやれるわけないじゃないですか。俺はただの南沢奈々の付き添いです! って、名刺渡して逃げ出してきたんですってば」
イラつきながら良太は工藤にきっぱりと言った。
「いや、物怖じしない大物感があるって、オーディションやった制作の連中も何度か連絡取ったけど、いないって言われて、俺に何とかならないかとか」
そういえば、あの後、名刺なんか渡したから何度かオフィスに電話があったみたいだが、良太はそれどころではなく飛び回っていたのだ。
「そりゃ、これでもこの世界で何年か鍛えられたんで、業界慣れもしますよ。でも、楠先生ってそんな大先生でしたっけ?」
むすっと答える良太に工藤はクックッと笑う。
「確かに大物だな。楠先生を袖にしたとは」
「何ですか、工藤さんまで。ええ、俺、じゃあ、すんごいチャンスを逃しちゃったってことですか?」
良太はバクバクつくねを齧りながら、ぶー垂れる。
「あの頃工藤さん海外だったし、ほら、『田園』のプロモーションで、竹野さんが文句言うし、沢村のCMでアディノに行かなきゃだったし、もう俺のキャパ越えてましたよ」
すると紺野が、「工藤の下なんかでよくやってるって、坂口さんも言ってたよ」とやっとマシなことを言ってくれた。
とかなんとか、いつもムリ難題押し付けてくるの、坂口さんじゃんね。
ちょうど客が出て行った時、外の空気が流れ込んできたからだろう、良太は一つくしゃみをした。
「おい、俺の風邪がうつったんじゃないだろうな?」
工藤が言った。
「…や、ちょっと冷たい空気のせいですよ」
良太は指を鼻に持って行く。
「気をつけろよ。お前、すぐ熱出すくせに」
「はい。じゃ、熱燗、飲みます」
二人のやり取りを見ていた紺野が、「ようし、じゃあ、俺のおごりだ」と言って笑う。
それからしばらくは、紺野と工藤が今の仕事のことなどを語り合い、良太がたまに質問を挟んだりしていたが、「そういや、鴻池さんとは、まだ付き合いがあるらしいな、映画やドラマのスポンサー、必ず名前が挙がってるし、鴻池物産」と紺野が切り出した。
「勝手にスポンサーやってくれるからほっぽってるだけだ」
「ああ、なるほどな」
良太は鴻池の名前が出ると、反射的にトイレに行ってくると席を立った。
「おい、大丈夫か?」
工藤は反射的に良太の首筋に手をやった。
「ただのトイレですってば」
良太はそう言うと、トイレに向かう。
ちょっと酔っているが、足元はまだしっかりしているのを工藤は見て、紺野に向き直った。
「……あの人、物凄くお前に執着してたからな」
紺野がそう言った時にはもう良太は聞こえないところにいたので、工藤はそちらに目をやってから、「傍目に見ててもそんなでしたか?」と聞いた。
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