笑顔をください16

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「わっ、すんません」
 志央がわざと七海の手を取って、「お前の手、暖か~い」なんて言うと、七海は慌てて手を引っ込める。
 意識してるしてる、いい反応じゃん。
 まるきり女の子くどいてるみたいだ。
 今時こんなウブそうな女の子いないぞと、心のうちで志央はニヤニヤ笑う。
 ここまできたらキスひとつくらいすぐにでもOKって感じじゃないか。
 幸也の方は案の定前途多難のようだ。
 昨日も帰りに誘おうとして、「いつからストーカーになったんですか」だなんて、勝浩に手ひどく振られていた。
「美味いぞ、これ!」
 これ…………美央の、味だ……。
 でき上がったオムライスは一口食べた途端、志央に懐かしい味を思い出させた。
 不覚にも目頭が熱くなり、慌ててスプーンを動かす。
「よかった」
 目を細めて七海は柔らかく微笑む。
「あれ、ピアノ、弾くんですか?」
 志央は我に返ったように、南側の部屋のドアが少し開いてピアノが見えているのに気づいて、慌てて閉める。
「俺じゃない。美央が弾いてただけだ」
 いつドアを開けたのだろう。
「美央さんって、亡くなったお姉さん…」
「ああ」
 志央は不機嫌な返事を返す。
 三年前の美央の死はあまりに突然で志央にとって受け入れがたいものだった。
 当時、どこにも美央がいないという喪失感が重く志央を支配し、息を止めるくらいの勢いで襲いかかった。
 幸也が部屋から連れ出してくれたが、夜の町を飲んで騒ぐ日々に明け暮れながらも部屋に戻れば、美央の死は夢で、美央が自分を叱りつけてくれるに違いない――。
 儚い期待は日ごと裏切られ、心から号泣することもできないまま、幸也が時折勝手にやってくる以外誰も家に上げたことなどなかった。
 何でこんな賭けなんかのために、こんなやつ家に入れたんだろう。
 ふと、現実に立ち戻った志央は苛ついた。
 美央の愛したピアノは、彼女が逝ってしまってから弾き手を失ったままだ。
 きっと世界中で一番愛していた。
 幸也と一緒に遊びまくっても、美央を失った心の隙間を埋めてくれる者は誰一人としてなかった。
「でも志央さん、亡くなった人を思って悲しんでいるばかりじゃ、自分も半分しか生きてないようなもんですよ。いつも見守ってくれていると思って、人生楽しまないと」
 七海の言葉は不意打ちに志央の心を揺らす。
「だまれ! お前に何がわかる」
 まるで志央の心をわかってますというような目が癇に障る。
「すんません…俺、差し出がましいことを…」
 志央の剣幕に七海は大きな体を縮こませる。
 七海の作ったささ身ときのこのスープも、アボカドとアスパラガスのサラダも美味しいはずなのに、広いダイニングキッチンのテーブルに向かい合った二人は黙々と平らげる。
 少し冷静になると、小学校の頃に母親を亡くしたという七海が適当な慰めを言ったのではないのだと、おそらく七海は子供心にそうやって自分を奮い立たせて生きてきたのだろうと志央も思い当たる。
 何となく気まずい空気の中、食べ終えた食器を持って七海がシンクに立った。
「お茶、用意するから、それ置いといて向こうでソファに座ってろ」
 志央がハーブティを煎れてリビングに持っていくと、七海はテーブルの真中に置いてあるいくつかの小さなハーブの鉢を覗き込んでいた。

 


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