週明け、それでも弁当を手に志央の現れた七海は、叱られて尻尾を垂れた犬のようにシュンと肩を落とし、恐る恐る志央を窺い見た。
「嫌いになりました? 俺のこと」
バカ正直もほどほどにしろ、教室の前で何てことを言うんだと、土曜の晩のことが頭を掠めて一瞬にして全身に熱が上がるのを覚え、志央は慌てて七海の腕を掴んで屋上のいつもの定位置へと向かう。
「ほんとにすみませんでしたっ!!!」
いきなりコンクリートの上に膝を折り、擦りつけんばかりに頭を下げる。
「もういいってばっ…」
恐る恐る上げた七海の顔は、この上なく情けなくて、志央は何だか可愛いやつなんて思ってしまう。
「……で、今日は、何だよ、弁当」
だからもう、つい許している。
七海はそれを聞くとすぐに相好を崩し、嬉しそうに弁当を広げた。
五月末の創立祭委員会を前に志央は雑事に追われていた。
講演を依頼している評論家や国内外からの来賓への日程、予算の確認、フォーラムに出席するメンバーの最終選定に加えてピアノとバイオリンの演奏者を生徒の中から決めなくてはならない。
音楽教育に熱心なフランスの姉妹校の理事長が出席するため下手な演奏は聴かせられないが、プロを呼んで演奏させるのでは無意味なのだ。
それ以外に直接の運営の役割分担や、贈呈する花束の手配から食事の手配など、委員会での決定事項をまとめておかねばならない。
ったく、うざったい…
それらの仕事のせいばかりでなく、ここのところの志央は授業も上の空だった。
当日の進行表をノートパソコンの画面で追いながら、つい、ポケットに手が行く。
昼休み、七海がくれた犬のストラップが今志央の携帯についているのだ。
「妹に、志央さんの話ばっかしてたら、これ、作って送ってくれたんです」
照れながらそう言って手のひらを開くと、ピンクと水色の布で作った可愛らしいおそろいの犬のついたストラップが載っていた。
「きれいな人だって話したら、妹が、彼女だと思っちまったみたいなんだけど…」
始めは奇異に見られていた七海と志央のツーショットも、単に転校生に親切な生徒会長の図であれ、やつらはデキてる、の図であれ、最近では周囲の方が何となく馴染んできたかも知れなかった。
本当の二人の関係は、そんな単純なものではないのだが。
志央にはたまに高飛車な態度であしらわれたり、つんけんされたりしながらも、七海はめげることなく、昼休みの屋上で志央と一緒に食べる弁当を作り続けている。
ただ上の給水タンクの陰でのキスと、夜、寝る前のなんということのないおしゃべりという日課が加わり、水色の犬のストラップをつけた携帯がコールするのを、志央は毎晩待つようになった。
もちろん絶対口にはしない。
「おやすみなさい」と告げる七海の声を抱いて眠りにつく。
どころか、その声を聞かないと眠れないというのはさすがにやばくないだろうかと、七海と会うのは極力昼休みだけにしようと、志央は決めた。
別れ際のキスが何だか離れがたくなってきたのだ。
思い出すだけで胸が熱くなる。
マジ、それはないよな?
こんなの俺じゃないと思ってみても、心のざわめきが消えるわけではない。
「志央、おい、志央」
はっと顔を上げると幸也が覗き込んでいる。
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