「武士に二言はないよな?」
念をおす志央に、幸也は苦々しく唸る。
二年生の堺勝浩は、現在生徒会会計を務めている。
実は昨年の夏休み、東京ディズニーランド近くのホテルで、志央も幸也もそれぞれ女の子と一緒に部屋に入ろうとして、よりによって家族と一緒に宿泊していた堺と出くわしてしまったのだ。
口止めに懐柔しようと近づいた幸也は勝浩に思い切り非難された。
だからといって責任感の強い勝浩は生徒会を中傷したりやめたりはせず、今日も放課後には生徒会室に顔を出すだろう。
「いいじゃんか、ムサい男がのさばっている学園の中では、女の子より可愛いって評判だぞ。次期生徒会長有力候補者だし」
堺、いいとこにきてくれたじゃん。幸也のやつ、あの正真正銘品行方正超お堅い堺くんを落とせるもんなら落としてみなって。
渋々頷く幸也を見て、志央はにんまりとほくそえむ。
役員は他に書記を務める二年の松永雄一がいるが、外部受験で入ってきた優等生の勝浩とは違って、ずっと陵雲学園で過ごしてきた彼は、部活のテニスを優先させ、何かがある時でなければ生徒会室にも現れない。
その時、生徒会室の窓から真正面に見える校門から一台のバイクが入ってきた。
エンジンの音が止み、男が降り立つのが見える。
かなり距離はあるにもかかわらず、威圧感さえ窺える。
頭は五部刈り、ガクランを着ているのが不思議に思えるほどはっきりくっきりわかる大男。
バイクを校門のそばに止めたその男は、まっすぐ生徒会室の真下にある本校舎の中央玄関に向かってやってくる。
桜の木の下にさしかかった時、目の前に下がった枝を手でのけようとして、ふいに男が窓を見上げ、志央はその男とばっちり目が合ってしまった。
食い入るように見つめられ、思わず志央は窓から離れる。
「こいつはおもしろくなってきたな」
にたり、と笑う幸也の横で、志央はたった今生徒会室の下の玄関に消えた人間の残像を頭の中で追う。
「待て、待て、待て…いくらなんでも…」
げげっ! あんなタコ坊主相手に、キスしろだと――?
「武士に二言はないんだろ? それとも、潔く負けを認めるか?」
ううっと、志央は唇を噛む。
「ああ、二言があるものか! 一ヵ月以内だからな」
つい負けず嫌いの性分が仇となる。
くっそ、どう考えても勝算は見えないぞ。
志央は今さっき口にした宣言を既に撤回したくなった。
ひと吹きの風が桜の枝葉をなぶり、ついでに志央の心をも大きく揺らしていった。
本校舎の裏に教職員用の駐車場がある。
三時間目と四時間目の授業の合間、そのあたりで、ガタイの大きな男たちが三人、さらにガタイのでかい男を取り囲んで小突いていた。
「最初っから目立ちすぎなんだよ、てめー」
「はあ、すんません」
「ムカつくんだよ、ガンくれやがって」
「いや…、それは勘違いでは…」
「カンチガイぃ? ざけんじゃねっぞ! 『ウラバン』様がそんでナットクすると思ってんのか、オラぁ」
大男への接近はそう難しくはなかった。
志央はその担任からもこの転校生について情報を得ていた。
「ああ、あいつな。二、三日転校手続きが遅れたらしい。慣れない環境で不安もあろうから、できる限りフォローしてやってくれよ、生徒会長」
英語教師の適当そうな話を思い出しながら志央は駐車場に歩み寄った。
「あれか」
あれは目立つだろう、並外れて図体の大きな転校生の噂は瞬く間に校内に広まり、何かあったら知らせるよう頼んでいた新聞部の西本から、例の転校生が早速何かやらかしそうだ、と志央の携帯についさっきラインが入ったのだ。
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