「へー、お前、帰国子女?」
志央は実際そのイメージから意外に思う。
「ええまあ、へへへ」
帰国子女、なんて言葉とも縁がなさそうな男は、大盛り弁当を志央の目の前で小気味いいほどガツガツ平らげていく。
美味そうに食うなー
見事な食べっぷりに志央はしばし見とれてしまう。
「妹、いるんだ?」
志央は七海の女子版を想像してみた。
「はあ、ひとつ違いで、女子高の寮に入ってます。去年じーちゃん亡くなって、今は家にはばーちゃんと俺だけ」
この四月に親父がまた海外行っちまったんで、と七海は平らげた弁当箱を志央の分の弁当箱と重ね、ぞんざいに風呂敷に包んだ。
「でも志央さんのおかあさん、弁当作ってくれないんですか? 確かお料理の先生じゃ…」
「親父は俺の小学生の時、女作って出てったし、母親は料理教室に夢中で都内に部屋があるからめったに帰ってこない。姉がいたんだが三年前に死んだから、今は一人暮らしだ」
七海は投げやりな言い方をする志央の顔をちょっと見つめていたが、「寂しいですね」と、静かな口調でポツリと口にした。
「バカいえ、一人でやりたい放題だぞ。週イチでハウスキーパーがきてくれるから、楽だし」
そんないい訳じみた言葉では、何だか、七海の犬コロのように陰りのない瞳はごまかせないような気がする。
出会って間もない、ろくに知りもしない相手に。
同病相憐れむみたいに言われるのが大嫌いなはずなのに。
寂しい、なんて、忘れていた。
忘れようとしていた言葉だ。
父親や母親がいなくなっても、美央がいてくれた。
美央だけはずっと一緒にいてくれると思っていた。
ずっと二人だけでやってきた。
美央が世界そのものだった。
美央さえいれば誰も要らなかった。
それなのに…。
三年前の春の日、桜の花びらが風を受けて空を流れていくのをぼんやり見ていた志央の目の前で、姉の美央はボールを追って道路に飛び出した小さな女の子を助けて、自分がトラックに跳ね飛ばされた。
即死だった。
突然、世の中で一番大切な存在が消え失せるという事実の重さに志央の心は耐えられなくて、その時のことを考えようとすると頭の中が空白になる――――。
「志央さん?」
また意識が浮遊していたらしい。
志央は我に返った。
「え、ああ、キンピラ、美味かったぞ!」
だけど、こいつと一緒に食べると、美味いし楽しい。
このところ、夜の享楽的な気分の高揚ではない、清々しい楽しさを志央は思い出した気がするのだ。
昨日は焼きおにぎりやツナおにぎりに、チキンサラダ、さばの竜田揚げ、というメニュー、その前の日は、みそだれのスペアリブに、ひじきの煮物、ブロッコリーのサラダ。
料理というよりおかずといったものばかりで、冷めていても妙に温かみが感じられる。
「メシも美味いよな、いい米使ってる?」
「メシはね、鍋でたくのがうまいんです。電気よりガスの方が断然米の味をうまく出してくれるし」
「へー…そうなんだ」
優しい低い声に感心して志央は頷いた。
「だからそんなに育ったのか?」
「へへ…でも俺、小さい頃虚弱体質で、日本の小学校通うことになった時、カナダのダチにハーフとかはイジメられるぞって、さんざん脅かされてたんですけど」
「虚弱体質? よく言うよ」
志央は笑いながら突っ込む。
「だから、親父が心配して、アイスホッケーやらせられて…」
この体格はアイスホッケーの所以か。
身長は一九四センチあるという。
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