月の光が静かにそそぐ10

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 仕方なく良太は、あれは仕事の合間でスタッフも周りに何人もいたのだと、何度も言い訳メールをするはめになった。
「ただでさえ、マスコミ押し寄せてるんだ、気をつけろよ」
「冗談じゃない! ってか工藤、社長、どこ行ったんだよ」
 他にもその手の電話やらメールがあって、良太は思い出してもげんなりなのだ。
 場内はミランドラのブランドで固めたセレブやら俄かセレブやらでごった返していた。
 レセプション会場に入ったはいいが、早速サンドロ・ミランドラ本人に捕まり、紹介されたものの、そのまま二人は奥へ消えてしまった。
「おや、沢村さん」
「ああ、どうも…」
 沢村こそ大企業社長の御曹司というだけあって、財界人らしき人間に声をかけられているが、本人は途端に渋面を作り、そっけない返事をしている。
 こんなセレブの集まりとか、俺なんか場違いじゃん、と面白くもなく、手持ち無沙汰にグラスを弄んでいた良太は、ふと、こちらも場違いそうな男が一人、壁にもたれて腕組みをしているのを見つけた。
 髭面にどうみても手入れのされてない伸び放題の髪。
 革ジャンにジーンズ、年季の入ったライダースブーツはところどころ色が剥げ落ちている。
 不機嫌そうな顔にきつい視線を宙に向けている。
 何者だろ。
 あまりジロジロ観察していたからだろうか、男と目が合った。
 怪訝そうな顔で良太を睨みつけていたかと思うと、やおら歩き出して、どう考えても良太の方に歩いてくる。
「な、何だよ……」
 実際目の前に立つと長身でがっしりした男は、良太を見下ろして、フン、と鼻で笑う。
「ったく、能天気なツラしやがって」
 低い声がはっきりとそう言った。
「何だ……?!」
 いきなり見ず知らずの男にそんなことを言われて良太はカーッとなり、思わず男を睨みつけた。
 だが、男はすっと良太の視線をかわし、ふいっと会場を出て行ってしまった。
 唐突で不愉快な出来事に、良太はしばしの間、怒りが収まらなかったが、やっと誰かと一緒に戻ってくる工藤を見つけた。
「え、あれって……」
「古谷さん!」
 良太がその姿を認めて驚いたと同時に、いつの間にか隣に戻ってきた沢村がその人を呼んだ。
「おう、沢村、久しぶりやな。調子あがってきたらしいな」
 親しげな関西弁で工藤と一緒にやってきた古谷は沢村に声をかけた。
「ええ、まあ。ガンガンいきますよ、今年も」
「頼もしいな」
 端正とは言わないが、眼鏡をかけた知的な容貌は、年を経るごとに渋みを増してカッコよくなった、と良太は思う。
 チームの成績不振の責任を取って、「ホワイトベアズ」の監督を辞任した古谷は、頭脳派のキャッチャーとして何度も首位打者となり、日本プロ野球界では捕手として彼の右に出るものはいないといわれた男だ。
 若くして監督に就任したが、プロ野球選手会長を長年務め、次々と改革を行ってきたアグレッシブで統率力のある手腕に、選手ならずとも、若者たちから上司にしたいナンバーワンに挙げられている。
「うちの広瀬です」
 工藤が古谷に良太を紹介すると、古谷はああ、と頷いた。
「ひょっとして『パワスポ』の? 何度か事務所に連絡くれてたみたいで、すみませんね、ここのところ忙しくて、なかなかお返事できへんかって」
「いえ、とんでもない! お会いできただけで光栄です!」
 本物の古谷を前に、良太は舞い上がってしまった。

 


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