特に自然や地球温暖化などに関しては下柳のように熱弁を振るうことはないにせよ、機会さえあればそれこそ今ある仕事も良太や秋山に丸投げしてそっちに飛びつきたいのだろう。
だがいかんせん、一国一城の主ともなれば、どうしても放り出すわけに行かないものもある。
今年の初めに放映されたドキュメント『知床』も本当は工藤自身がやりたかったものなのかもしれない。
だが、それを工藤が良太に託してくれたことは嬉しかったし、初めてこの会社に入って携わってよかったと思える仕事だったのだ。
何より、自然というものをもっと知りたいと思い、また工藤の思いを自分も体感できたことが大きかった。
「おい、良太」
じんわりと知床の自然と向き合ったときのことを思い描いていた良太は、オフィスを一旦出てまた戻ってきた工藤に顔を上げた。
「はい」
「明後日の夜、スケジュールあけとけよ」
「え……はい……」
ひょっとして久しぶりに食事連れてってくれるとか、とぬか喜びしたのもつかの間。
「サンドロ・ミランドラのレセプションだ。ミランドラのスーツ、用意しとけよ」
「はい……?? ミランドラのスーツって、んなもん、俺、持ってるわけ……」
「明後日までに調達しておけ」
軽く言ってくださる。
「って、ミランドラのスーツだ? 俺の一か月分で買えるのかよ……」
ブツクサ口にする良太の目の前に、工藤は札入れからカード抜いて置いた。
「とにかく、似合うヤツを選んでもらえ。それ以外何も考えるな」
「わかった。社長、まあた、パーティ嫌いが、俺に押し付けようって魂胆みえみえ」
「小物も込みで上から下まで二、三着用意しておけよ」
良太の嫌味も無視してそう言うと、工藤はオフィスを出て行った。
「ったく、あのオヤジときたら、俺の言うことなんかてんで聞いちゃいねぇ」
良太は工藤の置いていったカードを眺めながら呟く。
もちろん、良太に対してだけではない、ことあるごとに工藤はこの法人名でのカードを渡すのだが、引き落としされる口座は工藤本人のものだ。
会社の経費として計上されることはない。
そういうところが、何に対しても執着がないというか、良太の中では恋愛のベクトルが常にその執着のない男へと向いているだけ、自分に対しても結局のところ執着もないのだろうと考えると、さみしくもなるのである。
またぞろ胸の奥が重くなりかけるのを慌てて振り払い、良太は画面に向かう。
クッソ、沢村なんか、結局のところラブラブのくせに!
八つ当たりしたくもなるわけだ。
「いいわねぇ、今度銀座にオープンするミランドラのパーティでしょ? セレブがいっぱい集まるのよね」
エクセルに計算式を入力していた鈴木さんが、小首を傾げてほうっとため息をついた。
「セレブったって、タレントとかでしょ。財界人にはそんなお知り合いとかいないし、仕事だし」
「あら、せっかくだから、ちゃんと似合うものを買ってもらえば、あとあと着られるんだし。仕事でもプライベートでも」
鈴木さんが至極まっとうなことを口にする。
「でも、プライベートでそんなミランドラのスーツなんか着る機会なんて……」
「あら、ミランドラのスーツじゃなくても、良太ちゃんが着こなせばいいだけの話でしょ?」
フフフと微笑むと鈴木さんはまたモニターに顔を向けた。
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