何やらそんなことまで思い出してしばしキッチンの手前でたたずんでいた佐々木だが、わざとらしく音をたてて、さりげなく声をかけながら中に入って行った。
「すみません、仲田さん、お茶を入れかえたいんやけど」
「あら、呼んでくださればお持ちしましたのに」
若い頃から家政婦協会に所属し、いろんな家の仕事をしてきたという仲田は、政治家や資産家など著名人宅に出入りしていたこともあるようで、口は堅く、しきたりや慣習にも詳しいし、家事などの仕事も丁寧で料理もかなりの腕前である。
何より、あの気難しさの権化のような淑子とうまくやっているのだから尊敬に値する。
「ええ、身体を使う仕事なので、動くことは全然苦にならないんです」
お茶を持って居間に戻ると、沢村がそんなことを口にしている。
「これからも佐々木さんにはお世話になると思うので、どうぞお見知りおきを」
毅然として沢村を見すえている淑子に、きっぱりと沢村は言った。
「お茶をお持ちしました」
テーブルに置いた湯飲みにお茶を注ぐ佐々木だが、どうかすると誰かのお陰で腰のあたりに鈍痛が舞い戻る。
しかし腰が痛いなどと、淑子の前では口にはできず、じっと痛みを押し殺す。
そんな佐々木にも、ふう、とはっきりそれとわかる嘆息が淑子の口元から漏れた。
「それでどちらにお住まいですの? 沢村さんは」
にこりともせず淑子は尋ねた。
「実家は田園調布にありますが、兄一家もおりますし、私はすでに家は出ています。仕事の都合で住居が定まらかったのですが、今はホテル住まいをしながら家を探しているところです」
「そうですの。親御さんはご健在ですの」
「ええ、二人ともそれぞれに忙しい人たちですからあまり頻繁に会うこともありませんが」
淡々と沢村は他人事のように答えた。
何やらまた相手の品定めのようなことを言い出した淑子に、佐々木は内心ちょっと慌てる。
そうやって色々と聞き出してから、あれやこれやといちゃもんをつけるような言い回しで相手をじわじわと追い詰めて最後にはもうこのうちの敷居をまたごうなどという気力をそいでしまうのが淑子のやり方である。
それでもへこたれずにこのうちに出入りできたのは、あくまでも強引な春日と天然な元嫁の友香、それに何故か最初から淑子でさえ親しげにさせた直子、あとは海外にいるらしく最近は会っていないが子供の頃から近所のガキ大将だった手塚稔くらいだろうか。
そこまで考えて佐々木は沢村を擁護しようとした自分を制した。
何考えてんのかわからんけど、沢村をこのうちに出入りさせる必要なんかあれへんし。
むしろ淑子に嫌気をさして、このうちに来ようなどと思わせないようにした方がいい。
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