「いや、実際留学したければした方がいいんだ。そのくらいできるだけのものはほんとはあるのにな」
無論、悠が留学なんかしてしまったら、きっとあの部屋は火が消えたようになるだろうな。
藤堂にもその寂しさは想像がつかない。
「悠、まだ受け取らないんですか? 絵の代金」
浩輔は聞いた。
「どころか、父親からの養育費さえ一銭たりとも手をつけようとしない。母親が遺してくれたもので、学費はまかなっていたみたいだし」
藤堂は眉を顰める。
「筋金入りっすねー」
感心したように浩輔はうなずく。
「とにかく高津が一緒とはいえ、ちょっとねー」
「スケッチに夢中になって、気がついたらここどこだっけ? ってなことにならなきゃいーっすけど」
「達也のマネをして不安を煽り立てないでくれ」
ちょっとむっとして、藤堂は言った。
「ちょ、河崎さんと一緒にしないでくださいよー」
それこそ心外だという顔でナビシートの浩輔は抗議する。
「パリは先輩がいるからいいとして、何なら、フィレンツェの友達に連絡とってみましょうか? そんなに心配なら」
「ほんとか? そうしてくれると助かる。確か向こうで所帯を持ってるんだったね?」
心なしか声を弾ませて藤堂は聞いた。
「所帯って、時代劇じゃないんっすから。まあ、そう、高木、超美人のキャビンアテンダントと結婚して、今じゃ支店長」
浩輔がイタリア留学中世話になっていた大学の同期は早々と出世していた。
「やるね、高木君。お礼は何なりと」
「とりあえず聞くだけ聞いてみますけど、あいつも忙しいからな」
二人は会社に取って返し、浩輔が早速フィレンツェに電話をかけてみた。
「え、そうか、出張か。あ、ちょっと待って」
ちょうど相手がつかまったらしく、しばらく電話で話をしていた浩輔が、藤堂を振り返った。
「そのあたりのスケジュールだと、最初の二日くらいしか相手できないらしいです。ミラノに出張らしくて」
「そうか、いや、相手まではお願いすることはないと思うが、いざとなったらって時の連絡をね、お願いできればと」
少々がっかり気味の藤堂の顔をうかがいながら、浩輔はそれを伝えて電話を切った。
「二十一日と二十二日なら、東都建設さんとさくら不動産の打ち合わせ、前倒しにしてもらえばいいな」
モバイルを覗き込んでいる藤堂の呟きに、思わず浩輔は振り返る。
「何か、言いました?」
「いや、こっちの話」
急に機嫌よさげな声に変貌した藤堂を訝しげに見つめながら、長年のつきあいから「何か企んでる顔だ」と浩輔はこっそり呟いた。
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