そんなお前が好きだった26

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 ヨハンのバカのお陰でコンクールに出損ねて、何か、全てがバカらしくなってしまった。
 音楽が嫌いになるとかではないけれど、コンクールに命燃やすとかはもういいやと思ったのだ。
 肩が軽くなったように、響はドサ回りで演奏会を続けてきた。
 疲弊したのは恋愛沙汰でだ。
 見抜けなかったとはいえ最近別れた相手が不倫だったとか、全く最低極まりない。
 不倫とか毛嫌いしてたのに、この俺が。
 折に触れて思い出して胸くそが悪くなる。
 クラウスのやつ!
 まあそれも流されてばかりの自分も悪いのかもしれないという自覚はなくはないが。
 ああもう、とにかく恋愛沙汰はゴメンだ。
 にこやかな表情で響を見つめる井原はこの十年、どんな日々を送ってきたのだろう。
 こいつはあんな、嘘くさいやつらとは違って、きっといい出会いやいい恋愛をしてきたんだろうな。
「響さん? どうかした?」
「いや、明日からの教員生活が楽しみで仕方ないって感じだよな、お前って」
「そりゃま、俺はやるからには楽しまなけりゃってのがモットーなんで、響さんも実は楽しんでるでしょ? 音楽部とか、講師とか」
 断言されて、響は少し戸惑うが、それも頷けるものがあった。
 傍から高校生たちを見ていて、何だか自分も追体験しているような気がする。
 だが勘違いしてはいけない。
 ここに井原がいるのは不思議な偶然だが、井原はあくまでも今教師として赴任してきた二十七歳の井原だ。
 にこやかな表情は同じでも、もう高校生のあの時の井原ではないのだ。
 あくまでも自分は傍観者でステージに上がれるわけではないことを忘れないようにしないと。
「俺、そろそろ行くわ。メシ食って、二人レッスン見てやらないと」
 響は立ち上がった。
 すると井原もすくと立ち上がり、「あ、俺も。途中まで一緒でしょ?」と言う。
「ああ……。あれ……」
 響はその時、何か違和感を感じた。
「じゃ、響さんの分も一緒に」
 響がぼんやりしているうちにちゃっちゃか井原が響の分も紀子に支払っている。
「あ、俺が払うべきとこだろ」
「いいんですよ、今日は気分がいいんで」
 井原はにっこりと見下ろした。
「あ! お前、何かえらく身長伸びた?」
 ようやく違和感の原因に思い当って響は声を上げた。
「何か向こうの食事ってでかくなるんすかね? 高校ん時百八十くらいだったのが、向こう行って十センチ近く伸びたし、あっちのやつらに負けじとジムも行ってたんで、実は中もすごいんです!」
「十センチ?! 俺はせいぜい伸びて二センチって、お前詐欺だぞ!」
 響は尚も納得いかないと、無駄な抗議をする。
「そんなこといったって……」
 ドアが閉まってもそんなやり取りが店の中にまで聞こえていた。
「ねえ、東」
 紀子が最後に残った東の横に座って頬杖をついた。
「何?」
「なんかさ、あの二人って、なんかさ、世界ができちゃってなかった?」
 東はふうと息をついて、ちょっと首をひねる。
「十年ぶりって言ってたけどな。なんかなあ…無自覚みたいだが」
「ちょっと、元気、引き寄せてない?」
「何を?」
 元気は片方の眉を吊り上げてジロリと二人を睨む。
「いやあ、まあ、井原目当ての女子たちが涙を呑むだけだろ」
 東が頷きながら言った。
「流行りだっけ?」
 紀子がどうでもよさげな問いかけをする。
「まあ、うちのガッコ、昔から男が多いから、疑似的なモンは割とあったけど」
「やっぱ流行りダヨ、ウン!」
 紀子は一人納得してテーブルを片付けに行った。

 


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