そんなお前が好きだった32

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 放課後、井原は毎日のように音楽室に顔を出すのだが、なんのかのと言いつつも、いつの間にか井原が来るのを待っている自分がいる。
 今頃井原は何年生を教えているんだろうなどと、響は授業中もふと考えてしまうこともある。
 ただ、このままそんな付き合いが続いて行けばいいと思っても、そうはいかないだろう。
 例えば荒川だ。
 でなくても他の誰かでも、井原に恋人ができた時、つらくなるだろうことは目に見えている。
 井原はもう昔の井原ではないにもかかわらず、響の思いだけはあの日のままだ。
 それにしてもこんな状況はいくら響でも想定外だった。
 母校でしばらくのんびりやってみればいいか、くらいなものだったのに。
 今更だが、何だって井原は今、このタイミングでこんな田舎に戻ってきたんだ。
 まあ、ひとそれぞれいろんなワケがあるのだろうが。
 あんまり面倒な人間関係には巻き込まれたくはない。
 そんなことを思っていても、飲みに行こうと誘われれば、無暗に断るわけにもいかないだろう。
 もうヤマアラシではいられない。
 学年は違っても同じ高校で同じ時間を過ごした仲間たちでもある。
 それでも、昔語りは最初だけのことだ。
「わり、遅くなった!」
 大きな声に、元気と東、それに響が振り返った。
 教師というスーツを脱いで、シャツにデニムパンツで現れた井原は、四人掛けのテーブルで空いている響の隣にすとんと腰を降ろした。
「井原さ、アメリカでメチャ巨大になったよな」
 タンクトップにシャツを羽織った元気が一人分の椅子では窮屈そうな井原を見て言った。
「お前こそ、なんか、芸能人的オーラがムンムンしてるぜ? 何その色気」
「こいつは昨日、豪が……」
 もそもそと言いかけた隣の東の脚を元気が蹴った。
「GENKIのメンバーが来たり、電話よこしてしょっちゅう元気をバンドに戻したがってるしね」
 めげずに東は言った。
「へえ、戻るんだ?」
「戻るかよ」
 何の気なしに聞く井原に元気は軽く返した。
 そこへスタッフが注文を取りに来たので、井原がみんなのリクエストをまとめて注文した。
「たまに参加してやればいいんじゃね? バンド」
 スタッフが去るなり、井原が提案した。
 元気は渋い顔をする。
「でもタトゥーとかどこにもないんだ?」
 井原の発言に、元気はますます怪訝な顔で井原を見た。
「いや、結構向こうの人間、みんなどこかしらにタトゥー入れてて、人気バンドのメンバーなんかこれでもかってくらいだったからさ」
「俺は痛いのは好きじゃないから。痛そうじゃんあれ」
 元気は顔を顰めた。
 生ビールのジョッキとお通しが運ばれて、四人はあらためてジョッキをぶつけ合う。
「何かこの感じ、日本に戻ってきたって気がする」
 井原が感慨深げに言った。
「響さんもそう思うでしょ?」
 くるりと顔を覗き込むように井原が響に同意を求めた。
「まあ、そうだな」
 響は井原に合わせたが、さほど居酒屋での飲み会の記憶はない。
 それにヨーロッパにいる時も響の性格上、あまり群れて行動することもなかった。
 むしろ響には、日本の居酒屋自体が珍しい。
 こうして仲間と居ることも。

 


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