そんなお前が好きだった47

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 クラウスが井原にきつい視線を送っていたことで、おそらく響に別れを告げられた男が、井原を見て新しい恋人かと聞いたのだろう構図が井原の頭にくっきり浮かんだ。
 Liebhaber、は何となく聞き取れた。
 それが恋人という意味だろうことくらいは知っている。
 そして、響がNein、違うと言っていたことも。
 井原はしばし口を噤んだが、「じゃあ、時間決まったら知らせます。飲みの予定もよろしく!」といつもの笑顔を響に向けると、車に乗り込んだ。
 本当はどういう関係だったのかと、聞いたところで響の冷えた眼差しは答えてはくれそうになかった。
 井原としては消化不良極まりない状態ではあったが、エンジンをかけると響の家から走り去った。
 響が井原の目をまともに見られなかったのは、クラウスのことなど話したくはなかったからだ。
 とりわけ、井原には。
 寛斗には、ぐちゃぐちゃのドロドロなどと口にしたように、お茶らかしてしゃべったところでさほど気にならなかっただろう。
 でも井原には知られたくはなかった。
 第一、井原と再会したこと自体、想定外だったのだ。
 もっと早く決断すべきだった、君の心が離れてしまう前に、クラウスはそう言ったが、響には今となってはそれすら違っていたのだとわかっていた。
 初めから温度差はあったのだ。
 もともとクラウスに対して想いはなかったのだと。
 妻子がいたのに響を騙して付き合っていたことで、響はクラウスを詰ったが、自分もまたクラウスに対しては井原への想いを無理に転嫁しようとしていただけなのだと。
 クラウスの中に井原の面影を追って付き合っていただけなのだと、むしろ響がクラウスと自分の時間を捻じ曲げてしまったのではないかとさえ思う。
 いずれにせよもう時は経て、クラウスとのことを蒸し返すつもりはない。
 クラウスが妻子のもとに戻り、自分の幸せを取り戻してくれるのを祈るばかりだ。
 響は離れのドアを開け、ペットゲートの向こうでにゃあと鳴くにゃー助の顔を見て微笑んだ。
 今はここにいるにゃー助だけが愛すべき確かな存在だ。
 ペットゲートを開けて、響は無垢な瞳で見上げるニャー助を抱き上げた。

 

 そろそろ七時になるので、最後の客が帰ったところで店を閉めようかと思っていた矢先、舞い戻ってきた男の顔を元気は怪訝そうに見た。
「あれ、帰ったんじゃなかったのかよ」
「ここ酒もやってるんだろ? ちょっと飲ませろよ」
 井原は元気の返事を待たずにカウンターに腰を降ろした。
 元気は仕方なく、ドアプレートをCLOSEDにしてから、カウンターに入った。
「どうしたんだよ? 車じゃなかったのか?」
「家に置いてきた」
 珍しく顔が曇りがちな井原を、元気はしばし見つめた。
「何を飲むんだ?」
 井原はカウンターの中の戸棚に並ぶボトルを眺めてから、「ジャックダニエルズ、ロックで」と言うと、頬杖をついて大きな溜息をついた。
「だから、何がどうしたって?」
 井原は元気が差し出したグラスの液体を一気に空けた。
「お前、陽気なだけがとりえのお前から陽キャを取ったら何も残らねえぞ」
 からかい半分に言うと元気は腕組みをする。
「響さん………」
「はあ、やっぱそれか」
 おおよそ見当がついていたらしい元気はつい口にした。

 


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