誰にもやらない38

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「マコちゃんに嫌われちゃっても知らねーぜ?」
 藤堂の顔を見た河崎はへらっと笑う。
「よけーなお世話だ! それより浩輔に何で言わない? 田口綾乃のことだってあれは…」
「んな、腐った昔のことは忘れた!」
 河崎は藤堂の言葉を遮って喚く。
「じゃあ、今の言葉で、ちゃんと伝えろよ!」
「顔も見たくねーやつに、言い寄られて、お前、嬉しいか?」
「達也……何をガキみてーに拗ねてるんだ!」
「るっせーんだよ! とっとと帰れっ!」
 どうやら河崎の逆鱗に触れたらしく、いきなり降ってくるパンチを藤堂はすかさず躱す。
 それを鼻でせせら笑うと、河崎は近くのバーに飛び込んでしまった。
「ほんとに母親の二の舞か? ブキッチョめ! つっ走るしか能がねーのかよ…」
 藤堂には、常軌を逸した河崎の行動に、今の科白が冗談でなくなりそうな危惧があった。
 
   
 
 
 風が和らいで、日差しが少しばかり温かく感じられるようになった。
 街中が春の訪れを告げている。
 デザイナーセクションの自分のデスクでぼんやり窓を眺めていた浩輔は、開きっぱなしの週刊誌をさりげなく閉じた。
 桜の開花予想の次のページには最近の河崎の『ご乱行』がスクープされている。
 やはり気になって、つい買ってしまったのだ。
 SNSではもっと詳細な画像が拡散しているから見ないようにしている。
 あれから何も話してはいないが、佐々木は今までと変わらぬ態度で接してくれる。
 それが申し訳なく、またありがたくもあった。
「あれ? コースケちゃん、三時からサワちゃんと『ベリスキー』じゃなかった?」
 浩輔はガタン、と立ち上がった。
「いっけね! もう二時半!」
「キャットフード?」
 浩輔の慌てぶりを見て、美紀が笑っている。
「うん。プレミアのハーネスの打合せ」
 浩輔はジャケットを掴んで会社を飛び出した。
 その時財布が落ちたのに気づかなかった。
 大通りに出た所で、「コースケちゃーん!!」と、背後から直子の声がする。
 息を切らせて追いついた直子は、ハイ、落し物、と浩輔に財布を差し出した。
「ワリィ」
「ファイト! コースケちゃん」
 直子が拳を突き出してみせる。
 浩輔は笑い、地下鉄の駅に向って歩き出した。
 駅の階段の傍まで来たところで、バタン、と荒々しく車のドアが閉まる音がした。
「それでやっぱり、今度は優しい上司の佐々木さんに鞍替えするんで、達也を捨てたのか?」
 振り返った浩輔は思わず身構える。
「藤堂さん…」
 藤堂は浩輔の首にガシッと腕を回し、動きを阻んだ。
「捨てたとか…って…何言って…んです? 今さら俺をおちょくって何が面白いんです?」
 冗談じゃない、どんな思いで河崎から離れたかと、いきなりの藤堂の言いがかりにさすがに浩輔も腹が立った。
「事実だろーが? お前、二年前、達也がニューヨークから戻ってどんな気持ちだったか、考えたことあるのか?」
 一瞬、浩輔は言葉を無くした。
 自分がいきなり消えたら河崎はどう思うだろう、何度も何度も考えたことだ。
 『根性なしめ!』と河崎はきっと俺の机を蹴飛ばすんだろう。
「根性なしの、役立たずの部下が尻尾を巻いて逃げ出したと、軽蔑したんでしょう?」
 そう言い放った浩輔を、藤堂は離した。


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