「とにかく、いざとなったら母さんも切ってやる! もう冗談じゃない」
思わず口にして、沢村は険しい表情のまま佐々木を見つめた。
身体が勝手に動いて、佐々木の唇にキスしていた。
途端、熱いものが込み上げてくる。
ああ、もう、親のことなんかどうでもいい。
俺は絶対佐々木さんの傍を離れないからな!
抱きしめたいのをぐっとこらえて、沢村は一度部屋を出た。
リビングで改めて山荘を見回すと、吹き抜けになっているから狭く感じないし、こじんまりとして過ごしやすそうだ。
そういえば弁当を買ってきたなと、ようやく空腹を思い出して、ストーブの前で平らげた。
冷蔵庫にはビールなど酒類も入っていたが、佐々木のことがあるので、アルコールはやめてキッチンに置いてあったインスタントコーヒーをいれる。
スープなら飲むだろうかなどと考えながら、そこでレトルトのおかゆをみつけた沢村は、裏にある作り方を凝視した。
「鍋でそのまま温めればいいのか。沸騰したお湯に五分」
棚を開けてミルクパンを取り出した。
「これでいいか」
佐々木が目を覚ましたら、昨日から食べていないらしいし、この梅が入っているらしいおかゆを食べさせるか、スープを温めればいいかと。
音を立てないように寝室に戻ると、佐々木は夢を見ているのか何やらうなされてまた咳をしている。
「佐々木さん……」
沢村は優しくそっと髪を撫でた。
すると佐々木が少し目を開けて、沢村の手を掴む。
「沢……村………」
佐々木の目を覗き込むと、佐々木の目から涙が零れ落ちた。
「どした!? 佐々木さん? どっか痛い?」
「……行くな……」
焦る沢村に佐々木がぼそっと言った。
「………え?」
「怖うて…………お前がおらんようになったら……俺、ほんまに……こわれてしもて、何もでけんようになって…生きて行かれへん…」
「俺は! どこにも行ったりしない!」
沢村は佐々木を抱きしめた。
しばらくそうしていると、沢村がすうっと眠りに落ちたのがわかった。
「……うう……夢、見たのか……」
はあ、と沢村は佐々木から離れてがっくり項垂れる。
熱出した時って、なんか嫌な怖い夢とか見るんだよな。
子供の頃風邪を引いたりすると熱を出しては何かに追いかけられるとか、大きな川に落ちそうになるとか、恐ろしい夢ばかり見ていた。
母親が看病してくれたような記憶はなく、物心ついた頃から大抵医者が往診に来て、一人で寝ていた。
だから小学校に上がってから風邪気味だったりすると、一人で病院に行って診てもらって薬をもらってくるような子供だった。
何でも一人でやるようになったのはその頃からだ。
人より成長が早いというか、身体もすぐでかくなったので、余計に可愛げのない子供だったのは確かだ。
八歳年上の兄はひょろっと痩せ気味で、既に小学校六年生の頃には沢村の方が身長も追い越して一八〇センチ近かった。
兄は風邪などひこうものなら大騒ぎして周りに甘え、父親が気にかけて家政婦らにああだこうだと指示していたのはよく覚えている。
その頃には父親が明らかに兄だけを可愛がっているというのはわかっていたし、母親は無関心で、家には沢村の味方など一人もいなかった。
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