好きだから141

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「佐々木さん、着いた」
 薬を飲んだせいもあって、ぐっすり眠っていた佐々木は目を覚まし、着いたところを見回してからややあって口を開いた。
 隔離された二人だけの世界で過ごしたまったりとした時間はもう終わり、現実の世界に舞い戻ったかのような空気感がそこにはあった。
「俺んちやないで」
「まだ一人じゃ心配だから」
 仕方なく降りたものの、手を引かれて定宿である沢村の部屋へ連れていかれた佐々木は、ドアが閉まった途端、ドアに押し付けられるようにして唇を貪られた。
「……苦しわ! 俺は病人やで……」
「もう治ったんだろ? 佐々木さんの特効薬は俺だし」
「勝手なこと言うな」
「効いただろ?」
 沢村はどこかで聞いた薬のCMのようなセリフを吐く。
「佐々木さんの身体は俺が不足するとだめになるって言ってる」
「アホか………まだ体力も戻ってへん……」
「極力考慮する」
 言うなり沢村は佐々木を担ぎ上げ、ベッドに運ぶと一緒に倒れ込む。
 佐々木が回復するまではと敢えて自分に我慢を強いていた沢村は、一気に戒めを解いた。
 このガタイに組み伏せられるとある種の怖れのような戦慄に支配され、わずかばかりの抗いもそのうち沢村のいいように操られて、佐々木の中に燻っていた沢村を拒否らねばという決意の残骸もどこぞへ吹き飛んでしまう。
 沢村から逃げようとしたのも、捉われたら自ずから離れることは到底できないことはわかっていたからだ。
「俺から逃げるなんてできないんだからな」
 これまでの様々な憤りや自分への情けなさが、沢村に脅し文句のような台詞を口にさせ、凶暴にさせてしまう寸でのところで佐々木への愛おしさがブレーキをかける。
 やっと佐々木を取り戻せたとという思いに、佐々木の中にさらに深く入り込む。
「……んあっ……!」
 抑えようのない悲鳴が佐々木の唇から迸った。
 佐々木が沢村を享受していることはとっくにわかっている。
「………あっ……あっ…ん…」
 愉悦に震える佐々木をさらに攻めると、断続的に吐息ともつかぬ声をあげる。
「………トモって呼んでよ…」
 沢村の唇が耳朶に囁く。
 またぞろ急激に熱が上がったかのように佐々木の全てが真っ白になり、譫言のように「トモ…」と口走る。
 どのみちこの腕を離したくはないのだ。
 身体が蕩けて沢村に飲み込まれていく。
 すすり泣くようにして佐々木の吐息が切れた途端、奥で締め付けられた沢村も佐々木さんと口にして熱く唸り声を上げた。
 
 
   
 
 
 翌朝、ほとんど力の入らない、というよりもムスッと口も聞かず不機嫌な佐々木をシャワーに連れて行ったり服を着せたり、沢村は下僕のようにかいがいしく世話をやいた。
 ルームサービスで朝食を済ませたあと、佐々木に靴も履かせて出かける用意をしてから、手早く自分もトレーニングウエアを着こみ、部屋を出た。
「病み上がりの人間にあないしつこう、やるか?!」
 車がホテルの駐車場を出てからようやく、佐々木が言った。
「しょうがないだろ、佐々木さん、俺のこと拒否ッてた分、嬉しくてつい、な」
「何がつい、や。大体お前がオヤジさんのことかてコソコソ、小芝居うったりしよるからや」
「あれ、何? ひょとしてアスカさんとか妬いたりしたとか?」
「アホか! 誰が妬くか!」
 うっかりむきになってしまってから、佐々木は眉を顰める。


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