好きだから142

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 アスカのことはわかっていたにせよ、やはり沢村が誰かと婚約かなどという記事は面白くはない、とは口が裂けても言わないが。
「悪かったよ。クソオヤジの件は片が付いたんだ。そもそも俺の失言が原因だったし、佐々木さんきっと怒ると思って、隠してたんだ。アスカさんや良太にまで散々バカバカ言われたんだ。もう勘弁してくれよ」
 ハンドルを切る沢村が珍しく神妙な顔をした。
「あのさあ、もういろいろ複雑に考えすぎるんだよ、佐々木さん。俺が野球やってようがいまいが、人が何て言おうが関係ないんだって。俺があんたを好きで、あんたも俺が好きだろ? ただ一緒に生きて行けばいいだけじゃん」
 佐々木は溜息をついた。
 素直にうんと言えればとっくに言っている。
「俺はあんたと離れて生きるとか、考えられねぇし」
 信号で止まった途端、沢村がきっぱり過ぎる声で言った。
「俺もや」
 車が動き出した時、佐々木はぼそっと言った。
「え?」
 沢村が佐々木を振り返った。
「アホ、前見て運転せい」
「騒音でよく聞こえなかった!」
「また、次赤やで」
 沢村はフロントガラスの向こうを睨みつける。
「何でこんな混んでるんだ! それより、あんた、何で、わざわざ手塚センセなんかと、神宮行ったんだ?」
「今頃そんなん、そういえば本物の野球てみたことない思て、稔さんは生粋の野球ファンやから、連れてってくれたんや」
 本音を言えば、別れを決意した後で、沢村のゲームくらい見ておくべきだったと後悔したからだが。
「神宮行って、それから八木沼選手のCM関連で自主トレ見た時、俺はとんでもないアホをやらかしたことに気が付いた。お前のCMで」
 いきなり車線変更した前の車にイラつきながら、沢村は赤信号でブレーキを踏む。
「俺の? えらく評判いいって喜んでんじゃねえの? アディノの連中」
「悪うはなかったかも知れへんけど、俺は本物のお前を見もせんと、グリーンバックの前でスイングさせてしもた。音も迫力もまるでちごたんや、愕然としたわ」
「なるほど? だったら、CMとかじゃなくてもいつでも見せてやるぜ?」
「これを教訓に、八木沼選手のCMは臨場感溢れたやつにするつもりや」
 佐々木は笑った。
「何だよ、それ! ようし、わかった」
 六本木通りに入って一番町に向かうはずだった車は、いきなり首都高に入った。
「おい、どこ行くんや?」
 約二十分ほどで着いたところは、東京郊外M市にあるアディノの屋内練習場だった。
 屋根はドームになっており、夜間や雨天、冬のトレーニングにも対応する最新式の練習場だ。
 足を踏み入れた途端、カーン、と小気味よい音でボールが屋根近くまで飛んで行った。
「あれ、沢村、遅れるんやなかったんかいな」
 練習場の中へと連れていかれた佐々木は、記憶にある人懐こそうな笑顔を向ける大柄なスラッガーが佐々木に気づいた途端、うっと言葉を飲み込んだ。
「佐々木さんやないか! 何で? あれ、仕事で? 俺に会いに来てくれたん?」
 大型犬よろしく、ちぎれんばかりに振る尻尾が見えるかのように、バットも放り出して八木沼は佐々木に駆け寄ってハグした。
「あ、いや………」
 おい、どういうつもりだ、と佐々木は沢村を睨みつけた。
「ようし、そこまでだ」
 佐々木に懐いていた犬の首根っこをぐいと佐々木から引きはがすと、沢村はその耳元で言った。

 


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