好きだから51

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 壁の時計の針が午後三時に差し掛かろうという頃、オフィスササキには香しいコーヒーの香りが漂っていた。
 スイーツが苦手だという男が多い中、佐々木の周りには佐々木を含めて比較的女子たちに混じってお茶の時間を楽しむ男の比率は高い方だ。
 茶道をやっていると甘い菓子に免疫ができるからか、佐々木は和菓子も洋菓子も美味しいものは好きだ。
 青山プロダクションの工藤は甘ったるい洋菓子など苦手だと聞くが、良太にせよ、プラグインの藤堂や浩輔にせよ、美味しいスイーツには目がない。
 そういえば沢村もケーキでも和菓子でも豪快に食べるな、などと思い出して、佐々木は一つ溜息をついた。
「今日、三度目だよ? おっきい溜息。もうさ、疲れがピークなんじゃない?」
 リビングのテーブルにコーヒーと今日は近くのパティセリーでゲットしたシュークリームを並べながら、直子が佐々木を心配そうに見た。
「ああ、いくらなんでもや。仕事も一進一退やしな」
 先日、打ち合わせの時に拾ったアスカの携帯をその帰りに青山プロダクションに寄って預けてきた時のことだ。
「大丈夫ですか? お疲れみたいですね」
 良太にも心配されたが、よほどしょぼい顔をしていたのだろう。
 顔に出ているのは疲れは疲れでもむしろ心的なものだ。
 考えないようにしてもいつのまにか沢村のことが頭をもたげてくる。
 仕事も今日明日でキリをつけなければならないのに、何だかすべてが億劫になってしまっていて、脳が時々エンストを起こすのだ。
 ぼんやりそんなことを考えていると電話が鳴った。
「はい、オフィスササキでございます……ああ、手塚センセ。少々お待ちください」
 相手が稔とわかると直子のテンションが下がる。
「はい、稔さん、何か?」
 診察室からなので、いつも稔はオフィスにかけてくる。
 大抵は暇なのでどうということもない話だとか、また飲みの誘いくらいだ。
 直子はついつい聞き耳を立てて、キーボードの手が止まっている。
 最近、沢村からの連絡はないのに、稔からの電話がちょくちょくかかってくるのだ。
 むっとした顔をしているのは自分でもわかっている。
 沢村はおそらく佐々木にかけるとしても携帯だろうし、それに、やはりあの件が片付くまでは佐々木に迷惑をかけるからと、電話も我慢しているらしい、とは良太からも聞いている。
 だから仕方がないのだろうけど、忙しいというのに佐々木が稔と何やら親し気なのが、直子としては面白くないのだ。
「でも、先生、足、だいぶ良くなってきたみたいでよかった。まだ正座とかはできないから、お稽古の時もまだ椅子だけど」
 佐々木の電話が切れると、直子は声高に話しかけた。
「ああ、ほんま、直ちゃんのおかげやな」
 飲みに行った夜、佐々木を襲いかけた稔は、淑子を連れて病院を訪れても、悪びれもせず今まで通り佐々木に接している。
 自分の行動に対して揺るぎない信念があるんだろう。
 あの人はほんま、おたおたするとかないんやな。
 俺みたいに。
「せや、食事、行きたいとこ決まった?」
「お食事は、佐々木ちゃんの仕事が落ち着いてからでいいよ。それよりさ、気分転換、してきたら? いつものお散歩、はちょと寒いか。うーん、何か、音楽を聴くとか」
「ハードロックとか、たまにええかもな」
 佐々木はつとめて笑う。

 


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