「もう、真剣に言ってんのに。それにせめてヘビメタと言って。あ、絵の展覧会とか、佐々木ちゃん、行きたいのあるって言ってなかった?」
「ああ、そやった、ボッティチェリ展、上野でやってるんやったな」
フィレンツェには何度行っても、ボッティチェリの新しい発見がある。
ボッティチェリは佐々木の絵に対する憧憬の原点でもあった。
「ど素人はルネサンスの巨匠を語るのにレオナルドとミケランジェロ、ラファエロとかしか知らない、ルネサンスと言ったらボッティチェリに決まってる……って、前、怒ってたじゃない」
苦笑して佐々木はパソコンの電源を落とすと、すくと立ち上がった。
「トロトロやってても拉致があかんし、想いたったらや。まだ間に合うやろ。ちょっと上野行ってくるわ」
「うん、今日、外、かなり寒いからあったかくしてって」
「らじゃ!」
ダウンのロングコートの上にマフラーをぐるぐる巻きにしてから、佐々木は、そうや、と直子を振り返る。
「帰り、『やさか』に寄ってお菓子買ってこか? 明日のお茶までくらいもつやろし、稽古にも使える」
「わ、研二さんとこ? 楽しみ!」
「来年の綾小路さんのイベントで、やさかさんとこのお菓子使おう思てるんや」
「それ、絶対、いけるよ! なんかさ、一見怖そうなのにあったかいっていう、研二さんの人柄がまんま出てるよね、やさかのお菓子って」
「なるほど」
二月のスキー合宿で顔を合わせてから、有楽町にある店に何度か寄ったが、研二は佐々木が行くと必ず顔を出してくれた。
小林千雪の幼馴染だという研二は、口数の少ない、確かに強面だが、実に気配りの優しい男のようだ。
柔道をやっていたという大柄な体躯からは想像できないような、きれいな和菓子を器用に造る。
そういえばバツイチ同士ですねなどと、そんな話もしたが、あんな優しい男にもいろいろあるのだろうか。
つらつら考えながら半蔵門まで歩き、半蔵門線の永田町で銀座線に乗り換えて上野で降りると、佐々木が東京都美術館に着いたのは四時半になろうとしていた。
永田町から乗り換える赤坂見附までちんたら歩いていたので時間がかかったのだろう。
何とか入場に間に合ったが、約一時間程しかないと、少し足を速めた。
中はごった返すほどではないが、結構人が入っている。
展覧会が始まった頃は、有名な作品展と聞くやにわか芸術ファンとなる日本人の常らしく、結構な賑わいだった。
混雑が苦手な佐々木は、それをたまたまニュースなどで見て、先送りにしてしまっていた。
どのみち、『プリマベッラ』や『ヴィーナス誕生』などの大作は来ないし、これもボッティチェリなのかというような作品を集めたのだろうが、それでも好きな絵はいくつか来ているようだった。
美術史家らはボッティチェリやレオナルドなどの生涯をああでもないこうでもないと、絵や残っている書から想像をたくましくさせるが、ボッティチェリの人となりを探ろうとして、遠近法を度外視しただの、サヴォナローラに傾倒して人生を終えただの、勝手なことを言いやがってと思う。
佐々木にとっては絵そのものが全てだ。
敢えて言葉での説明などどうでもよかった。
いずれにせよ、五百年以上も前の話で、それが事実かどうかなど証明することなどできないのだ。
そういう考え方は友香とも一致していた。
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