フィレンツェを二度目に訪れた時は友香と一緒だった。
もともとボッティチェリが好きだというので話が弾んだのが、付き合うきっかけだった。
レオナルドなら、ベロッキオの弟子時代に描いたとされる天使の絵が好きだということでも意見が一致した。
こうしてボッティチェリの作品を観ていると、古い昔のことまで思い出してしまうのだが、以前よりは楽しく思い出せるようになったのは、二月の個展で友香と再会して何のわだかまりもなく話すことができたからだろう。
けれど、もし沢村と出会っっていなかったら、あんな風に友香と話せたかどうかは疑問だ。
二、三度沢村と一緒に美術館に足を運んだことがあったが、俺は絵のことなどわからないが、とか言いつつも、俺はこっちが好きだ、こっちはイマイチだ、などと沢村の場合はとにかく好きか嫌いかなのだ。
でもおかしなことに、沢村の好きと嫌いは佐々木の絵に対するそれと大抵同じだった。
そういえば、先日のパワスポの対談も以前一緒に行った世田谷の美術館だったな、と佐々木は思い出す。
沢村の佐々木への想いのストレートさはいっそ清々しいものがある。
だからこそびっくり箱のような沢村の行動に驚かされ困惑されながらも、沢村に対する佐々木の想いはどんどん深みにはまっていったのだ。
本当はもうあの居心地のいい深みから出ていきたくはなかったのだが。
はあ、とため息をつくと、目の前の「シモネッタ」がほほ笑んだような気がした。
麗しのシモネッタ、ボッティチェリが心酔してあちこちの作品でモデルにしていたというこの女性は恋人のジュリアーノ・ディ・メディチと前後して夭折したと伝えられている。
横顔のラインの美しさには何度見ても心奪われる。
大作は来てはいないが、モニターで大写しで解説されるコーナーは人だかりだった。
シモネッタは『プリマベラ』の中でも中央のビーナスのモデルだとされている。
何となくブライトンのCMでのイメージは出来上がっていたのだが、アスカの雪女だか雪の女王だかは、「プリマベラ」にも登場するフローラの気高くも美しいそのオーラを纏ってもらおうと考えていた。
降らせるのは花々ではなく雪だ。
にしても、このシモネッタの鼻梁のライン、アスカさんそのものやなあ。
女性が多い閲覧客の後ろに立っても頭一つ高い佐々木は、その流れをやり過ごしながら、その場に佇んで「シモネッタ」を見つめていた。
「ほんとに溜息が出るくらい、きれいですわね」
ふと右隣に目をやると、先ほどから佐々木と同じように、閲覧者の流れに逆らって絵を見つめている年配の女性がいた。
「私がルパンだったら、この絵を盗んで自分の部屋に連れていくのに」
自分に話しかけているのかと、彼女を見た佐々木を見上げて、女性はお茶目に笑った。
「それは俺も同意ですね」
佐々木も微笑み返した。
すると女性は、あら、と右手を品よく口元に充てる仕草をして、一瞬佐々木を凝視した。
女性のそういった反応に佐々木は覚えがあるのだが、直子によるとそういう時は佐々木の美しさに絶句しているか、自分と比べてしまって恥ずかしくすら思っているのだ、という。
そんなことを自慢するつもりもさらさらないが、よく人に凝視されることには慣れていたし、ついでにそういう時は大抵男か女か判別しようとしているのだ。
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