好きだから96

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「おう、俺、帰ってるか?」
 また一つ大きな溜息と共に電話に出ると、タフな男の声がした。
「ああ、こんばんは。いるけど………」
「ちょっといいか? 近くまで来てるんだ」
 今夜はちょっとと断る間もあらばこそ、三分もしないうちに、ドアチャイムが鳴った。
「よう、忙しそうだな」
 ドアを開けると、ビールが入った袋を掲げながら靴を脱いで、稔は頓着なくリビングに入ってきた。
「お前忙しそうだし、最近、飲みも行けねぇし、今日あたりいねえかと思ってよ」
 脱いだコートを無造作に横に置くと、ソファにどっかと腰を下ろした稔は、プシュッと軽くプルを引いてよく冷えた缶ビールを二つテーブルに置いた。
「ほな、お疲れさん」
「お疲れ、って、お前、やつれてねぇ? 痩せたろ」
 仕事が終わった頃、藤堂がデリバリー続きで申し訳ないがと言いながら、一流の寿司屋からの出前を取ってくれて、浩輔と三人、疲れた顔を突き合わせて食事を済ませたが、佐々木はさほど食が進まず、また浩輔に心配された。
 確かにここのところ体重も減った気がしていた。
「まあ、今月はかなりきついよって」
 あまり飲みたい気分ではなかったが、せっかくなので佐々木はビールを手に取った。
「今日やらねぇと大赤字ってわけでもねぇんだろ? お前、寝てねぇな?」
「仕事が重なってしもて、納期いうもんがあるからな」
「まあ、とにかく、寝ろ。お前、大概丈夫なくせに結構気持ちが身体に出やすいたちだからな、昔から」
 ビールを飲み干した稔は立ち上がると、コートを掴んだ。
「え?」
「気づいてねぇだろ? 小学校二年の時お前、腹痛起こして遠足欠席したことあったよな、前の日、お前のクラスのやつに、お前のオヤジが女と浮気してるって言われて。中学ん時か、急に熱出して学校休んだのも、やっぱ前の日お前に告って振られた女子が、お前の方がキレイだから振ったとかって言いふらして」
「何やね、それ、よう覚えとるな。ハハ………、そないなことあったか?」
 佐々木は力なく笑う。
「二回ともうちの母親が診たから、憶えてんだよ」
「稔さんのが、俺のことわかっとるみたいやね」
「フン、伊達にお前の親衛隊やってたわけじゃねぇ」
 稔は、「また、お前が弱ってねぇ時にくる」と言いながら、玄関に向かう。
「ああ、また」
 佐々木はリビングのドアにもたれて言った。
 すると靴を履いてから稔は振り返った。
「お前さ、沢村のヤツに嘘ついて突き放したりするから、弱ってんだろ」
「え………」
 稔は佐々木を睨みつけるように続けた。
「俺を盾にしようがダシにしようがお前の気が済むんなら一向にかまやしねぇ。けどお前、あいつが好きなくせに、露悪的なこと言って怒らせて、いいか、沢村がスター選手だから立ち位置が危なくなるとか、んなこたどうでもいい、身を引くとか、百年前のベタなメロドラマのおばちゃんみたいなことやってんなよ!」
 稔は一気に言い放つと、ふうっと息をつく。
「まあ、とにかくだ、心は身体に直結してる。寝込みたくなけりゃ、とっとと心の方を修復しろ。これは主治医としての命令だ」
「稔さん、いつから俺の主治医になったんやね」
「今からだ、フン。今日はとっとと寝ろ」
 稔が出ていくと、佐々木は苦笑する。
「聞こえてたんやな、やっぱ、あの時」
 結構声をあげてたし、稔に何も聞こえなかった方が不思議なくらいだ。

 


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