あの時のことを言うためにわざわざ来てくれた稔には悪いと思うのだが。
相変わらず熱い男やね、稔さん。
けどな……………。
ことはそない簡単にいかん、情熱みたいなもんだけでどうにもなれへんね………
ビールも少し口をつけただけなのに足元もおぼつかなくなってきた佐々木は、寝室に向かいベッドにそのまま倒れ込む。
目を閉じるやいなや闇の森に深く落ちていった。
襖を開けて入ってきた大柄な男は、「何だ、お前だけか?」と良太を見下ろしながらコートを脱いだ。
「おう、沢村、早かったな。かおりちゃんも肇も残業でちょっと遅れるから始めてろって」
週明け早々の月曜日、良太は沢村もいるのでなるべく騒がれないようにと思い、たまに行く西麻布にある小料理屋の二階をこの忘年会のために借りた。
「生二つと刺身の盛り合わせに海鮮サラダ、串焼き盛り合わせ、マグロのしぐれ煮、ふろふき大根」
早速オーダーを取りに来た店のスタッフに、沢村がたったか注文する。
「あれ、その手、どうしたんだ?」
隣に座って胡坐をかいた沢村の右手のテーピングに気が付いて、良太は怪訝な顔を向けた。
「ああ、大したことないさ。ちょっとした突き指。注意力散漫、自業自得だ」
明らかに捻くれた物言いだ。
「俺さ」
沢村はそこで言葉を切った。
「何だ?」
ちょうどビールジョッキとお通しが並べられると、二人だけで乾杯するや沢村はごくごくと半分以上飲み干した。
「来年は一冠も取れない気がする。きっとシーズンオフにはトレードだなんだと持ちあがるから、いっそ引退してサバサバしようかと思って」
初っ端からの爆弾発言に、良太は開いた口がふさがらない。
「モチベーション、ダダ下がりだし、ニューヨークでウイルソンとの会社に永久就職するかなとか」
あああああっ!!! 何を言い出すかと思えば、こいつはよ!!!!!
良太は果てしない疲労感をもって頭を抱えた。
実のところ、一日中体力的疲労に加えて精神的疲労度が半端なかったのだ。
このクソ忙しい時に、しかもたまたま工藤が会社にいる貴重な時だというのに、いきなりあの榎木佳乃がオフィスに現れ、二人は仲良くランチに消えてからオフィスに戻ってこなかった。
いやいや、今はそれは置いといてだ。
「いったい何があった? 全部話せ。即、話せ。とにかく、話せ!」
腑抜けたような表情をしている沢村の胸倉を思わず掴んで、良太は詰め寄った。
「どうせ俺は身勝手なやつだからな」
「はあ?」
良太の手を胡乱な目つきで見上げる沢村は離す気にもなれないでいた。
「たいてい、傲慢な俺に嫌気がさして、俺から離れていくのさ。まあ、今まで、女に誠実だったことなんかないから、当然といや当然だ。大体、沢村の名前に寄ってくるやつらなんか誰も信用しちゃいなかったしな」
沢村はぼそぼそと愚痴っぽい口調になっていた。
「何、すねたようなこと言ってんだよ」
「だから身勝手でウザくて重いんだと。だから付き合いきれねぇって突き放されたんだよ」
相変わらず魂の抜けたような顔で、どこを見るともなく視線を宙に向ける沢村から良太は手を離した。
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