男の名は石尾健斗三十八歳。
石尾不動産社長で、二週間ほど前に行方不明になっていた男だ。
その記事を読んでも大抵、へえ、で終わる程度だし、島本組系列でもことが麻薬関係ではトバッチリを避けて誰も何も言わないし、インテリヤクザで偉ぶっていたくせにドジ踏んだもんだ、くらいしか思わなかっただろう。
ただ、その記事を見つけて背中に戦慄を覚えたのは良太だった。
「これって、波多野の仕業だよな、きっと」
波多野の言った、石尾の始末、とはこういうことだったのだ、と良太はすぐわかったが、波多野と結びつけるものなど何もないだろう。
おそらく工藤もその記事を読んだに違いない。
「波多野のことなんかお前が思い悩むようなことじゃない。忘れろ」
そう工藤が言ったのは工藤が無罪放免になった夜のことだ。
その日、小田から連絡を受けた良太は飛んで行って警察署を出る工藤を出迎えた。
小田とはその場で別れ、良太は一週間以上ぶりに顔を見た工藤への嬉しさを何とか抑え込み、「どうします? 腹ごしらえしてからオフィス戻りますか?」とおそらく疲れているだろう後部座席の工藤に尋ねた。
「いや、食事はきっちり取っている。東洋商事へ行ってくれ」
「わかりました」
ったくもう仕事かよ。
もっとやつれたりしているだろうという良太の思惑に反して、何ら変わりない今まで通りの工藤である。
というより、むしろすっかり疲れを癒したように健康そうにも見える。
「やることがないから、毎日食ってストレッチしてたくらいだからな」
どちらかというと、良太の方が色々考えあぐねて眠れない夜もあり、食事もあまり喉を通らなかったりで痩せたかも知れない。
「お前も来い」
車で待って居ようと思った良太に工藤は言った。
訪問先は大企業本社ビルが建ち並ぶ丸の内である。
受付で工藤が名乗ると、良太ともども社長室のある上層階行きのエレベーターに案内される。
「お待たせしました」
ややあって颯爽と現れた綾小路紫紀はにこやかに自ら社長室に案内した。
「こちらへどうぞ」
紫紀は工藤と良太にお茶が運ばれると後ろに控えていた秘書の野坂を下がらせた。
「今回はとんだ災難でしたね。無事にご帰還されて何よりです」
「いや、京助さんや千雪さんたちのお陰です。感謝します」
「千雪くんなんか、ことあるごとに警察の無能さを罵ってましたよ。私も、思い込むとてこでも動かない縦割りあの組織には結構昔から呆れてますけどね。以前は千雪くんさえ容疑者にしてくれましたし」
千雪が容疑者にされた話はチラッと聞いただけで、良太は詳しくは知らなかった。
そういういきさつがあったのなら、紫紀までもが警察に対して言葉上でもきつくなることもうなずける。
今度千雪さんに事件のことちゃんと聞いてみよう。
それにしても紫紀は工藤の件を京助から話を聞いたのだろうと良太は思ったが、どうして工藤が最初に紫紀を訪ねたのだろうと訝しんだ。
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